第二幕 真実

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  「そう、100年。ちなみに今のプログラムの名前......『じぇん』って言うのはボクが考えた名前なんだ。その前の名前はね……」  そうしてヤツは幾人ものミュージシャンの名を挙げる。それに俺はいっそ笑いたくなった。なにせヤツが挙げたのは俺でも知っているような超有名ミュージシャンの名ばかりであったからである。  嘘だろうと思う反面「決してメディアの前に姿を現さない」と言う彼、彼女たちの共通点と以前から感じていたその根本にある音の類似性から、それらのアーティストが『じぇん』の別名義だと俺は理屈でなく本能で理解した。 「納得したみたいだね。キミならきっとわかると思っていたよ。何度も言うけどキミの耳はすごくいいからね。だから、彼らの音にある共通性を感じ取ることが出来る、そう思っていた」  だとしたら……『じぇん』がただのプログラムに過ぎないとしたら……俺は……いったい何に夢中になっていたんだ?俺は……本当に「じぇん」さんの作る音楽が……好きだったのに。だがそれは機械が作ったただの音の羅列に過ぎなかったというのだろうか?  項垂(うなだ)れた俺をどう思ったのか。ヤツは憐れむように言う。 「そう悲観的になることはないよ。『じぇん』は確かにただのプログラムだけど……でも、その裏には人の『想い』があるんだ」 「え!?」  やつの言葉に俺は思わず顔をあげる。まるで地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸に群がる亡者のごとく、そこに何か希望を持てる言葉が待っているのではないかと期待して。 「『じぇん』にはモデルとなった人物がいる。と言っても今から100年以上前の人物だけどね、ともかく人間のモデルが居たんだ。『じぇん』というのはそのアーティストのファンであった1人のプログラマーがその死を惜しみ作り上げたプログラムだ、と聞いている。つまり『じぇん』というのは元々その死んだアーティストの音楽を再現するために作られたものなんだ」 「じゃ、じゃあ!」 「ああ、『じぇん』の作る音はただの無機質なプログラムなんかじゃない。モデルとなった人の魂を再現しようとしたもの」 「……『だった』?」 「そう『だった』だよ。過去形さ……キミもさっき聴いただろう?『じぇん』が作りだした暴力的と言っていい音を!ボクも元となった人の曲はほとんど聴いたことがないけど、でも、あんな音じゃなかったとは断言できるね。全然別物だよ。今の『じぇん』はもう最初のころとは全く違う場所を目指しているんだ」 「ど、どういうことだよ?」  カラカラに乾いた舌は口内にへばり付き、それだけ言うのが精いっぱいだった。  胸の内にどす黒い不安が膨らんでくる。 「『じぇん』は元となった人物の音楽を再現しようとした。その過程で『じぇん』は人の持つ癖、個性と言ってもいいね、それを分析し、解析し、数値化し、データ化することができるようになった。そうして世に居るたくさんの優れたミュージシャンたちの個性を無機質なデータに変化しながら貪欲に取り込み、さらには有効でない個性は『無用』と淘汰しながら突き進み、元となった天才的なアーティストの音を再現しようとしたんだ。そうしたら皮肉なことに『じぇん』は......その上をいくようになった。するとどうなったか?『じぇん』は暴走を始めたんだ……ただただ人を悦ばせる音を、いや、人を壊すことすらできるような快感をもたらす音を作ることを目標にしだしのさ……ねぇ、そんな奉仕だけするような、主張もない、耳障りのいいだけの音と言葉を並べ立てたものが音楽と呼べるのかな?……だけど『じぇん』は見事だよ。そんな、無意味で滑稽な音でみんなを、そしてキミを夢中にさせることが出来たんだからね。はっはっは……なにが『じぇん』の曲には魂がこもっているだよ!何も知らないくせに!!」  最後吐き捨てるように言った友人の言葉に俺は何も言い返せなかった。 「さて、これが『じぇん』さんのすべてというわけだけど……長い話にキミも少し疲れたみたいだね?はっはっは、ボクもしゃべりすぎて喉が渇いたし、疲れたよ。それじゃ、ここで一旦休息としようか……ああ、そうだ、ミネラルウォーターくらいしかないけど飲むかい?持ってきてあげるよ?」  友人の言葉に俺は首を振る。そうするだけのことでも億劫であったが、水を持ってこられてもそれすら口にできる気がしなかった。 「……そうかい。じゃ、ボクは一旦失礼して。のどを潤しに行って来るよ」  やつが部屋を出る。  誰もいなくなった薄暗い部屋を筐体(きょうたい)のモーター音が支配する。俺はまるで不気味な羽音を響かせる化け物の巣にたった一人、取り残されたような気分になった。
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