第一幕 仮想

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「マジでか!!?」  興奮のあまり俺は同じ言葉を繰り返す。しかし、やつはそんな頭の悪さ全開な俺の言葉にも珍しく茶々を入れず黙って首肯した。 「おぉ、マジか……」  歓喜のあまり俺は三度同じ言葉を繰り返す。  俺が尊敬し、敬愛し、「かなで」ちゃんを使って曲を作ろうと思ったきっかけとなり、そして恐れ多くも目標とさせて頂いているシンガロイド神『じぇん』さん。その『じぇん』さんとこいつに交友があると知ったのは俺が初めて作った曲らしき音をこいつに聴いてもらった時のことである。  今から5ヶ月ほど前の話だ。出来上がったばかりの(つたな)い俺の処女作を聴いたヤツが「へー、荒は多いけど……光るものもある」と言って楽しそうに目を細め頭で小さくリズムを刻んでいたのをやけによく覚えている。俺が作曲活動を始める何年も前から「かなで」ちゃんを使って曲を発表し、それなりの人気を博していたこいつからの評価は悔しいことに俺を高揚させた。  その時だ。フッと、まるで『明日雨らしいんだ。傘を忘れないでね』と言うみたいな何気なさでヤツは「実はボク……『じぇん』さんと知り合いなんだ」と告白した。  もちろん、俺も最初からその告白を鵜呑みにしたわけではない。ただの冗談かと思った。俺らくらいの年のやつがよく言う『俺、有名人と友達なんだ』って言う意味のない虚勢(きょせい)の類だと。ただ、こいつは意地こそ少し悪かったけど、そういう見栄を張るようなタイプじゃないと思っていたので驚いた覚えはあるけど。  俺が何と言葉を返していいかわからず曖昧な返事をするとやつは「あー、信じてないな」と言って自分のBMIから俺のBMIへ曲のデータを送信してきた。 「……これは?」と問う俺にやつはニコリと微笑む「証拠だよ。一度聴いてみな。そして一週間後『じぇん』さんが発表する曲とそれを比べてみるといい……まったく同じだからさ」  一週間後に『じぇん』さんが曲を発表するって言うのも初耳だったし、何よりその発表前のデータがヤツの手元にあると言うのが驚きだった。  いや、でもこれ本物か?ただの悪戯なんじゃねーの?とその時は訝しんだものだけど……まぁ、結果はわかるよな?そう、やつが俺に渡したデータは本物だった。その言葉通り一週間後に発表された『じぇん』さんの新曲はまさしく俺が受け取った音楽データと同じものであったのだ。  それで完全に信じた……なんてほど俺もお人好しじゃないけど、やつに何かしら『じぇん』さんと繋がりめいたものがありそうだ、とは思ったね。  だから俺はヤツに「『じぇん』さんに会わせてくれよ」と頼んでみたと言うわけだ。もちろんそれは『会えたらラッキー』くらいの軽い気持ちの願いだった。だけど、やつは俺の言葉に「うぅーん」と一言唸ると、腕を組み真剣に何かを考え込むような様子になった。  そうしてしばし悩んだ末に「そうだね、キミにはがある……わかった、会えるよう頼んでみるよ」と言った。 『資格』という言葉の意味は分からなかったが、それでもやつは『じぇん』さんにコンタクトをとってくれると約束をしてくれた。正直、その時は期待をしていなかったのだけど、まさか本当だとは。僥倖(ぎょうこう)とも言っていいこの事態に俺はニマニマしているとヤツは釘を刺す様に言う。 「ただし、会うのはここじゃなくて現実のほうだよ」 「はぁ!?なんで!?」  今時、リアルで会うなんてナンセンスもいいところである。政府の重要会議ですら仮想現実世界(メタバース)で行われると言うのに、なんでわざわざリアルで会いたいなど時代錯誤(アナログ)も甚だしいことを言いだすんだ? 「それが『じぇん』さんが出した条件の一つ、だから」 「一つ?」  友人の言葉に俺は眉をひそめる。それってつまり、 「そう、これだけじゃない。『じぇん』さんがキミに会うのに守ってもらうことはもう一つあるんだ……なに、もしかして会うだけでこんなにも色々な注文を付けてくるような面倒な人とは会うのが嫌になった?」  試すかのような友人の物言いに俺は僅かにムッとしながらも答える。 「まさか!じぇんさんに会うためだったら俺ぁなんでもする覚悟があるぜ!もし、丸坊主にしてこいって言うのなら今すぐにでも剃り上げてきてやるさ」  そう言って俺が右手で胸をドンと叩くとやつは目を丸くして「え?どうして二つ目の条件がキミの頭髪全てを剃ってこいだってわかったの?」と言った。 「なにぃ!!?」
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