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第二幕 真実
翌日。
俺は友人の指定通り新宿駅にやってきていた。
しかし、待ち合わせの場所も時間も間違っていないはずなのにやつは一向に姿を現さない……というか約束の時間をすでに30分ほど経過している。まさかすっぽかされたのだろうか?そんな不安を俺が抱き始めた頃にようやくヤツは姿を見せる。まるで焦る様子もなく、悠々と改札口をくぐり、悪びれる様子もなく、俺に向かい軽く手を振る。そのあまりに飄々とした姿に腹が立ってくる。
「やぁ、ずいぶんと早いね」
「手前が遅すぎんだよ」
友人の言葉に俺はため息を吐く。
「そう?……それにしても現実世界で会うのは数か月ぶりだってのにキミは変わり映えしない姿だねぇ?」
そう言ってやつは俺の顔を指さしクスクス笑う。
「それはお互い様だろ?」
仮想世界での自分、アバターは自分好みにカスタムできる。顔の作りはもちろん、声、年齢、体格、性別までも自由にデザインすることが可能だ。たとえば白く長いひげを生やした仙人みたいな恰好したじいさんの中身が10歳の女の子だった、なんてこともあり得たりする。まぁ、これはかなり極端な例えだが、それでも皆大なり小なり現実の自分とは違う姿のアバターを使っているものだ。だが、俺とやつはそんな異なる自分になるのが多数派の世界では少数派となる現実世界の姿をそのままアバターとして使っているタイプだ。
もっとも俺がそうしていることに特に意味はないが。自分の姿を偽るのはよくない、とかその手の説教臭い信条があるわけでもない。実際、俺は以前現実の自分とは全く違う姿のアバターを使っていたこともある。今、現実世界の自分に合わせたアバターを使っているのは単なる気まぐれだ。
それに対し友人はずっと現実世界の自分と同じ姿のアバターを使っているのだと言う。もちろん成長とともに微調整しているがこれはかなり珍しいことと言えるだろう……が、それもやつの面を見ればなるほどと納得せざるを得ない。美形と言うのは得なものだ、アバターの容姿を作るのに何時間も頭を悩ませる必要がないのだから。
「だけど、そのおかげで『仮想世界と顔が違う』って戸惑わないからいいんだけどね」
「確かに」
と、やつの言葉に俺も笑う。見た目も性格も可愛らしい女性アバターの中身が、腹がせり出し頭髪の大部分を失った中年男だったなんて話は今ではありふれ過ぎて笑い話にもならないし、そもそも容姿を笑い話しにするなんて世界に浸透しきった鉄の掟が許さないだろう。
それはさて置き、考えれば俺もこいつもずいぶんと偽りの少ない人生を送っている、と言えるかもしれない。
「さて、行こうか」
そう言ってやつは先導するようにして俺の前を歩き出す。その後を追い階段を上り地上へと出ると、閑散とした街並みが視界に飛び込んでくる。
「……信じられるかい、ここがかつて世界でも有数の人口密集地だったって?見渡す限り人で覆いつくされた街であったなんて、さ」
まばらな人影を見ながら友人がポツリと言ったその言葉はあまりに小さく俺は最初ただの独り言かと思ってしまった。だから、それに対する返事が一呼吸送れる。
「……いや、全然想像がつかねぇな。少なくとも俺が物心ついたころから、この街はこんなさび付いた感じだったし。まぁ、仮想世界のほうが賑やかで便利だし、現実に来る意味なんてないからこうなるのも必然なんじゃないか?」
俺の返事に友人は小さく息を吐く。
「『多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある』」
「はぁ?なんだよ、それ?」
やつの言葉の意味が分からず俺はそう聞き返す。
「フリードリヒ・フォン・シラー、ドイツの詩人の言葉さ……いや、気にしないで。ああ、それより見てよ、あれ」
と言ってやつは街頭の巨大3Ⅾサイネージを指さす。つられて俺もそちらに視線を向けるとアイドルグループだろうか?今時珍しい生身の人間がパフォーマンスする映像が映し出されていた。
普段見慣れたシンガロイドたちと比べれば見劣りするが、それでも可愛らしいと言っていい顔立ちをした十代と思しき四人の少女たち。その娘たちが悪くはないけどやはりシンガロイドたちのパフォーマンスに比べたら数段見劣りする歌やダンスを披露している。
どうやらそれは録画されたミュージックビデオでなく現在どこかで行われているライブ映像であるらしかった。ステージの上で歌い、踊り、跳ねる娘たちの額や露出した二の腕からは汗が流れ落ちるのが見えた。それに俺は顔をしかめる。シンガロイドを見慣れた身としては、たとえ女のものでも汗なんて野蛮なもの、においがこちらにまで漂ってきそうで不快感しか覚えない。
「……なんだか……滑稽だな」
思わず口をついて出た言葉に友人の目がすっと細められる。
「そう……だね。あんなに必死にならなくてもシンガロイドたちならもっと簡単に、もっとすごいパフォーマンスが出来るだろうね」
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