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「……今時、人間のパフォーマンスなんかじゃ主流になれねぇよ」
「だけど、彼女たちはダウンロードランキング97位とは言えシンガロイド全盛期の今、生身だけのパフォーマンスで唯一100位圏内に食いついているんだよ?」
擁護になっているとは思えない友人の言葉に俺は再び顔をしかめる。
「だから、なんだよ?それって人間のパフォーマンスじゃシンガロイドに勝てないってことの証じゃないのか?大体こいつらがある程度売れているのも『人間が必死に努力するから素晴らしい』なんて時代遅れの根性論を言う変わり者に受けた結果がそれってだけの話なんじゃねーの?」
「違うよ」
「はぁ?」
否定なんてくるはずないと思っていたので、友人の反論に俺は虚をつかれる形になった。
「『こいつら』、じゃない。彼女たちには『コントラタック』ってちゃんとしたグループ名があるんだ。ちなみに、コントラタックと言うのはフランス語で『反撃』と言う意味。かわいい顔してなかなか反骨精神に溢れた娘たちだよねぇ」
何故か嬉しそうに言った友人に俺は吐き捨てるようにして答える。
「知らねぇよ」
くだらない、そう思った俺の興味は人間からすっかり失われていた。視線はすでにサイネージから離れ、再び見る気も起きない。そんな俺に向かってやつはクスクスと笑い「キミはブレないね。完全なじぇんの信者だ」と言った。
「当たり前だろ?ってか、それってそんなにおかしいことか?普通みんなそういうだろう?」
「そう……みんなそう言う。だから、きっとそれが正しいんだろうね。くたばれアナログ主義、万歳デジタル主義ってね」
腑に落ちないその物言いになにか言い返そうとやつのほうを見るが、ちょうどその時信号が点滅を始めるのが視界の端に映った。いくら人の数が減ったとはいえ街から完全に車が消え去ったわけでない。信号を無視すれば事故にあう危険は今もやはり、ある。俺は慌てて歩道を駆けだす、重力に引っ張られた体が妙に重く感じる。歩道の端にたどり着くまでのわずかな距離を走っただけで俺は全身に汗をかいていた。
べとついた汗の感覚に不快感を覚える。フッと隣に立つ友人をみれば俺と同じように歩道を駆けていたはずなのに仮想空間で会う時の姿と同じように汗一つかかず涼しい顔をして立っていた。
「……なんだよ、お前?平気な顔してるけどもしかしてこっちにはちょくちょく来てるのか?」
昔の人間からすれば笑い飛ばされるような、運動とも言えない運動。だが、仮想都市で生きる時間の長い俺たちからするとたったこれだけ体を動かしただけでも息切れしてしまう。だが、そのはずなのに平気な顔をして立つ友人の姿にヤツがこの現実世界でトレーニングとまでは言わないが、それなりの時間を過ごしていることが察せられた。俺の視線に込められたその疑問を感じたのかやつは肩をすくめ口を開く。
「ま、ボクにも野暮用があるからね。こっちの世界で過ごす必要がそれなりにあるんだ。だから、少なくともキミよりはここでの体の動かし方に慣れていると思うよ?」
「……そうかよ」
額から流れる汗をシャツの袖でぬぐう。気持ち悪い。イメージ通りに動かない体、生ぬるい風に熱すぎる太陽の光……すべてがなじめない。俺はやはりこの世界が嫌いだ。不便で汚く、快適と言う言葉から程遠いこの現実って世界が。
「でも、キミはこっちに慣れていないみたいだね。顔色が悪い。ほら、そこにベンチがあるから少し休みなよ?」
俺はその言葉に頷くと友人の招きに従い近くにあったベンチへと腰を下ろす。新品に近いデニムが埃で汚れるような気がしたが、この世界での持ち物がどうなろうが興味はないのですぐ忘れる。腰を下ろしても全身から疲労感は抜けず、頭上からじりじりと俺を焼く太陽がまるで「ここはお前の居場所じゃない」と告げているような気がしてうんざりした。
ベンチの上で犬みたいにあえぎながら俺はただひたすら仮想都市へ帰りたいと、そればかり考えていた。
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