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四話、夜
夜のとばりが降りる頃、二人は川辺で焚火を囲んでいた。
それまでシェリアもエリーゼも一切の言葉を交わさず、晩御飯を終えた今でも、今までにない静寂が支配していた。
「……あのさ」
エリーゼが、沈黙を破った。泣きそうなくらい顔をしかめて温かいスープに自分を写していた。
「お昼の……、ああいうの、よくあるの?」
あの後、軍人六人、全員が自害をした。魔法による身の内からの爆発で、遺体すら残らなかった。止める時間もなかった。呆気なく、命が散った。
シェリアは頬に付いた返り血を拭ってから、腰を抜かして立てずにいたエリーゼを背負って川辺まで来たのだ。
「よくある」
殺しは依頼だ。自分から積極的にやる事はない。しかし、七年の彷徨の中で手を汚した数が余りにも多かったのだ。
それに、シェリアはよく目立つ風貌をしている。華奢な少女という特異性。光沢を伴った銀色の長髪は特に人の目を引いていた。
復讐者は皆、シェリアの銀髪を頼りにしているくらいだ。
「そっか。一万人殺しとか、噂じゃなかったんだね」
火が揺らめいて、エリーゼに影を落とす。
「……恐い?」
「恐くないって言ったら少し嘘になるけど、それ以上にカッコよかった。あんな大人を圧倒して、私、足元で怯えていることしかできなかった。それなのに、シェリアちゃんは私を守ってくれた」
「ちゃんと、守れてた……?」
シェリアは縮こまる。
「うん。シェリアちゃん、私に恩があるって言ってたけど、あれで十二分だった。それだけ感謝してる」
「でも、私がいなかったらあの人たちに遇うこともなかった」
旅の道連れを、自分のせいで危険に遭わせてしまった。いかに人を殺して、感情が痺れていったとしても、根っこはまだ少女だった。エリーゼと年が近いだろうか。シェリアにも分からない、そわそわとした胸のざわつきがあった。
「それこそ、旅は道連れってことだよ。一緒に旅をしている以上、助け合いと支え合い、ね? だてにシェリアちゃんのこと好きじゃないよ」
柔らかく、大人びた表情でエリーゼが微笑む。すくっと立ち上がって、シェリアの横に腰かけた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
エリーゼから手渡されて、シェリアもスープを口に付けた。芯から温まって、優しい味がした。
「美味しい……」
シェリアの顔が緩んで、口角がやんわりと上がった。それを、まるで綺麗な夕日を見たかのように、エリーゼが眼を輝かせて、シェリアの髪を撫でた。
「初めて笑った」
「そうかな……」
エリーゼの温かさを感じる。
「……そっか」
自分の頬に触れる。笑った、と自覚できる日なんてもう来ないと思っていた。
「シェリアちゃん」
「なに」
「髪、結んでみてもいい?」
エリーゼが髪を波打たせるように掬った。さらさらと、焚火の光に反射して、柑橘のような色に輝いている。
「任せるよ」
エリーゼに背中を向けて髪を晒すシェリア。全くの無防備の姿勢で、その細い首は、エリーゼが一つナイフで舐めるように斬れば魚を切るより楽に落ちてしまうだろう。
エリーゼになら、とシェリアは安心しきっていたのだ。
「どんな髪型がいい?」
「エリーゼみたいなのは?」
「折角綺麗に伸びているんだから、切るなんてもったいない」
エリーゼはチョコレートのような色の肩までかかるほどの髪だ。シェリアが背中まで伸びているので比較するとかなり長さは違う。
「じゃあ、任せる」
「任された」
すかさず櫛を取り出して、シェリアの髪を梳き始めた。
どうしようもなく穏やかな時間。七年の旅の中で、こんな安らぐ時間は初めてだった。
「エリーゼは、私にひとめぼれしたらしいけど、もう少し詳しく、教えて」
「……いいよ。一晩中語ってあげる」
それから、夜が明ける前まで、二人は他愛もない話に花を咲かせていた。
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