5322人が本棚に入れています
本棚に追加
「深月にはいい仲間がいるなあ。だからお前に彼女はいらないだろ?俺に奏花ちゃんをくれよ」
「断る」
「彼女が俺のほうがいいって言っても?」
「それでも断る」
宰田も桑地もポカンとしていた。
「奏花がいないと弾けない」
はぁっと梶井がため息をついた。
「いい加減にしろ。お前、俺みたいに弾けなくなるぞ。誰か一人のために弾くなよ」
梶井はタオルをスタッフに渡して、顔をふいっと背けた。
あきれた顔で。
次は梶井のソロだ。
俺はタオルを頭からかぶり、椅子に座って動揺した心を落ち着けようと頭の中を整理していた。
出番までには気持ちをもとに戻さないと音に出る。
そう思っていると、俺の隣に桑地が座った。
「あのね、深月」
「悪いけど、今は」
一人にして欲しいと言いかけた俺を桑地が手で制した。
話を聞いてほしいというように。
「深月は人に興味がないから、知らないだろうけど。梶井さんは高校生の時、お母様を亡くされてチェロをやめたいと言って弾かなくなった時期があるのよ」
菱水音大付属高校では有名な話でねと桑地は梶井の秘密を話しているわけではないと言いたかったらしい。
最初のコメントを投稿しよう!