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「あの頃の梶井さんはお母様だけのために弾いていたってインタビューでも答えていて、チェロをやめるつもりだったとも。けど、公園で会った小学生から弾く姿がかっこいいって言われてから、自分の音楽を聴いてくれる人のために弾けるようになったって」
「それは奏花だ」
「え?奏花さん?」
「かっこいいって奏花が言ったから、あいつはまたチェロを弾き始めたんだ」
覚えている。
俺もその場にいたから。
音程をはずした音、手入れされてないチェロ。
変な音だって俺は思ったから、梶井に言ったら怒っていたけど、奏花は違った。
あいつのこと『かっこいい』と言って目をキラキラさせていた。
「だから、俺もチェロを弾いた。奏花がいなかったら、ここに俺も梶井もいなかった」
奏花は音楽のことは一切わからない。
わからないからこそ、純粋な言葉を持っている。
その純粋な言葉が時に心を動かすこともある。
あの一瞬の出会いがすべてここに繋がっているとするならば、この舞台は誰のために用意されていたんだろう。
俺?それとも梶井?
少なくとも音楽の神様は梶井に微笑んだのかもしれない。
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