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ライトアップされた野外ステージで菱水音大附属高校の演奏が流れている。
梶井さんが着ていた制服と同じ。
今日、このイベントがあることを知っていたに違いない。
懐かしそうに目を細めて野外ステージを眺めていた。
「間に合ったか」
「聴きたかったんですか?」
「そう。俺の原点だからね。俺が師事していた先生もいる」
ほらと指さした方向には熱心に聴き入る年配の男の人がいた。
目が合うと梶井さんが会釈していた。
梶井さんとは目で挨拶を交わすだけで、すぐにステージのほうを向く。
真剣そのもの。
「先生は相変わらずだなぁ」
けど、先生は歳をとったなと梶井さん寂しげにつぶやいた。
「母さんが死んだ後、卒業まで先生の家に住まわせてもらっていたんだ。先生は俺が苦しんでいるのを知っていて、チェロを続けてもいいし、やめてもいいって言ってくれてね。先生は俺の父親みたいなものだよ」
梶井さんの口からお父さんの話は一切、語られなかった。
親戚も。
きっといろいろ事情があるのだろう。
「深月の周りにはあいつを支えるたくさんの人がいる。でも俺は一人だ」
梶井さんの顔を見上げた。
「俺と一緒にいてほしい」
一人にしないでくれと梶井さんは私の手を握って自分の額に握った手を触れさせた。
梶井さんの孤独が手から伝わってきてふりほどくことができなかった。
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