第35話 奪取

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逢生の目が嬉しそうに私を見る。 いや、叱られてるのを連行していくだけだからね? なによ、その手をつないでくれたみたいな顔は。 ほらね。この目に勝てるわけがないの。 「試合で勝って勝負に負けたな」 梶井さんはため息をついた。 そして、先生に言った。 「先生。久しぶりに俺のチェロを聴きますか。お好きでしょう?俺のプレリュード」 怖い顔をしていた先生の表情が優しいものに変わる。 「む、そうだな」 梶井さんには誰もいないなんてことはない。 すぐに梶井さんの周りには菱水音大付属高校の生徒が集まり、賑やかになった。 人を惹きつける梶井さん。 チェロを弾いている限り、梶井さんが一人になることはない。 「帰るわよ。逢生」 「負けた俺でいい?」 男のプライドってやつだろうか。 こういうときだけ、しおらしい。 しばらく、しゅんっとした逢生でもいいけど笑った顔のほうが好きだから、教えてあげた。 大事なことを。 そっと耳元で囁いた。 「逢生。また私のためにチェロを弾いてくれる?私が好きなのは逢生のチェロだけなんだから」 そう言うと、逢生は私の体をぎゅっと抱き締めた。 これできっと逢生はずっとチェロを弾き続けてくれる。 私の言葉を逢生は忘れず、この先何度でも奏でるだろう。 あの優しい音を。
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