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逢生の目が嬉しそうに私を見る。
いや、叱られてるのを連行していくだけだからね?
なによ、その手をつないでくれたみたいな顔は。
ほらね。この目に勝てるわけがないの。
「試合で勝って勝負に負けたな」
梶井さんはため息をついた。
そして、先生に言った。
「先生。久しぶりに俺のチェロを聴きますか。お好きでしょう?俺のプレリュード」
怖い顔をしていた先生の表情が優しいものに変わる。
「む、そうだな」
梶井さんには誰もいないなんてことはない。
すぐに梶井さんの周りには菱水音大付属高校の生徒が集まり、賑やかになった。
人を惹きつける梶井さん。
チェロを弾いている限り、梶井さんが一人になることはない。
「帰るわよ。逢生」
「負けた俺でいい?」
男のプライドってやつだろうか。
こういうときだけ、しおらしい。
しばらく、しゅんっとした逢生でもいいけど笑った顔のほうが好きだから、教えてあげた。
大事なことを。
そっと耳元で囁いた。
「逢生。また私のためにチェロを弾いてくれる?私が好きなのは逢生のチェロだけなんだから」
そう言うと、逢生は私の体をぎゅっと抱き締めた。
これできっと逢生はずっとチェロを弾き続けてくれる。
私の言葉を逢生は忘れず、この先何度でも奏でるだろう。
あの優しい音を。
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