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「俺が栞を知ってから5年目だけどさ。力がある上に、栞はものすごく努力しているのも、妥協しないのも知ってる。」
陽平の口調が真剣だから、”そんなことないよ”とは、うっかり言えなかった。だから、素直に耳を傾けることにした。
でも、私の中の自信のなさは、そう簡単には消えない。たぶん、中学入試で失敗した経験が、私にとっては重かったんだろう。その後に崩れた家族のバランスも大きな傷になったんだ。⎯⎯きっと。
原因が分かれば、私はたぶん立て直せる。対策や改善の方法が見えてくるから。陽平に言われるまで、私は自分の心模様にすら気付けなかった。
「『私なんて』って言わないようにする。すぐには、難しいかもしれないけど。さっきの陽平の怖い顔を思い出すようにする」
陽平は、繋いだ手に力を込めてくれた。励まされた気がした。
「それに、栞は知らないだろ?可愛いって噂なんだぞ?6時52分発の6両目の彼女って。あの制服着てる子、この辺りじゃ見掛けないから目立つし。俺は気が気じゃない」
「何それ?ただの制服マジックだよ」
「それだけじゃないよ。栞はもう少し、自分に関心持った方が良い。俺が困るから。今日だって、そのブラウスすげー似合ってるから困った」
似合ってるから困る?その言葉の繋がりがよく分からないぞ?悩んでいると、陽平が手を繋いだまま、肱で私を小突いた。
「いいよ、分かんなくても」
「わからないままにしておくのは、あんまり好きじゃない」
「まあ、そうだろうな。栞は」
「ま、いっかって流せることもあるけど、今の文脈は謎。だから、国語の点数にばらつきがあるのかも?」
「経験の問題じゃない?」
「経験?」
「そう」
「陽平はあるんだ?」
何気なく聞いたのに、陽平は見るからに慌て始めた。
「ないない!俺も初恋だって言った!」
なぜ、そんなに動揺するんだろう?”似合ってるから困る”という陽平の気持ちが知りたいだけなのに。
口をつぐむ私に、やっと陽平は教えてくれた。
「似合ってるから、かわいいなって思う。そしたら、触れたくなるだろ?それができないから困るの!」
「む、難しい。それは読み取れない」
そして、一つ気になってしまった矛盾。
「そんな経験あるんだ。陽平は」
「違う!だから、初恋だってさっきも言ったじゃん」
そう言えば、そう言って慌てていた。私の胸の中のモヤモヤは、嫉妬というやつだと気づいて私も慌てた。
「俺の経験じゃなくて、智也も含め、みんな色々言うんだよ。彼女のこと。だよなーとか栞を思い浮かべて思うんだ」
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