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それは結構恥ずかしい。さっきの”6時52分発6両目の彼女”というのも。
自分が知らないところで話題に上がるのは、良い気がしない。
「…そんなふうに自分が知らないところで噂になるのって、なんか嫌だな」
「人の口に蓋はできないって言うからな。」
「前は別に構わなかった。ここでの話題が、私の生活に影響が出ることなんてないから」
「だね。じゃあ、なんで今は嫌なの?」
そんなの決まってる。陽平がいるから。
病院の塀が続いていて、もう少しで門に辿り着く。正面入り口の左側の通路が病棟に繋がっている。
私の意識は、母のお見舞いより陽平に傾いてしまいがちで、さっきから戸惑ってばかりだ。私は陽平の手を引いた。受付まではこのまま手を繋いでいたい。
「根も葉もない噂も、誤解されるようなことも嫌なの…陽平がいるから」
「俺?」
そう言って、きょとんとした表情になった。
「俺にとって、目の前の栞そのまんまだから、誤解はしないよ。色気付いた目で栞を見るなっ!って腹を立てることはあるけどな」
「ふーん」
「“ふーん”って何?」
「へー」
「“へー”って何?」
「それは焼きもちみたいなもの?」
「もちろん」
「へー、そう」
「何それ?」
「陽平が、焼きもちってある意味、衝撃」
「俺自身がそう思うよ。栞に関しては、知らなかった感情ばっかりだから」
もう少し聞きたい気がしたけれど、見舞客用の受付が目に入ったから話は中断。
母の部屋番号と人数、私の姓を記入した。意外に厳重な対応だなと前回も感じた。病気で弱っている人を狙う、不届き者がいたのかもしれない。
「おーい?」
「何?」
「今、かなり勇気を出して言ったんだけどなあ。まさかのノーリアクションだった」
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