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「だって、受付しないと」
もっと話していたかったけれど、案内しないととつい焦ってしまった。ちらと表情を伺うと、言葉のわりに優しい目で私を見る陽平と目があった。検査室が両側にある廊下を右に曲がるとエレベーターホールがある。
「意外なとこ不器用なんだ」
「…気にしてるのに」
同時に色々するより、一つ一つさっと済ませてしまう方が向いているのは分かっていた。食事も作るけど、同時進行で何品か作るより、一品ずつの方が良いんじゃないかと思うときがあるくらいだ。
「栞にしては、だからな。気にするなよ」
そう言って繋ぐのをやめた手で、私の前髪に触れた。
「何でいつもそうするの?」
「え?」
「前髪」
「教えない」
「えー?気になる」
からかいたいとか、単純な答えを待っていたのに。
「今は…まだ。大人になったら」
「そんなに動揺するんだ。深い理由?」
「深いかどうかは分からないけど。うまく話す自信がない」
「そんなに複雑?」
「いやあ、微妙な男心?」
「そんなこと言われたら、恥ずかしくなるじゃない」
私は、エレベーターの上のボタンを押して乗り込み、4Fのパネルに触れた。
「じゃあ、今の会話忘れて。たぶん、何度もするから」
「それじゃ、気にしないことにするから大人になったら必ず教えて」
「OK。それって…」
病院特有のゆっくり開閉するエレベーターが、4階に着いた。
「ごめん。何か言い掛けた?」
「大丈夫。また後で。お母さん、待ってるよな。やば。急に緊張してきた」
「なんで緊張?」
「“彼と彼女”になってから会うのは、初めてだった」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「それ、本当に気にしなくて良いよ」
「なんで?」
「母はね、中学から付き合ってたと思ってたんだって。まだなの?って言われてた」
口を押さえて陽平が真っ赤になった。
「それって…」
「何?」
「栞の態度とか、言葉でそう思ったってことで合ってるよな?」
今度は私が動揺した。無意識に愛の告白なんて、恥ずかしすぎる。困っていたら陽平が言った。
「続きは、あと!お互い平静になろう」
「うん」
「丸聞こえよ~。早く入ってきたら~」
母の声が聞こえてきた。もう部屋の正面だった。聞こえるってことは、補聴器を着けているのか。
二人で目を会わせてから、ノックをした。
「どうぞ~」
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