15  母と子

9/10
前へ
/196ページ
次へ
「お帰り」  陽平が私に声を掛けてくれた。 「俺、お母さんと沢山話せたから待合室で待ってるよ。二人で話したら?本もスケッチブックもあるから幾らでも時間潰せるんだ」  私にそう言って、すぐに陽平は立ち上がった。 「お邪魔しました。今度は弟君の顔見に来ます。ゆっくり休んでください。失礼します」  母にそう告げると、陽平は部屋を出て行った。生けた花を見せると、母は嬉しそうに笑った。 「紙コップが陶器に見えてきた。花とよく合うわね」 「何話してたの?」 「栞のことばっかりよ」  母はふふふっと笑った。 「良い人と出会えたね。栞」 「そう、だね」  どう答えて良いか分からなくて、そう相槌を打った。「そうでしょう?」と自慢するほど、まだ私は大人になれない。それを見透かしたように母が言った。 「幼いと、子どもだと分からないかもしれないけど。本当に大切な出会いって、あるのよ?」  なぜか真剣な母の言葉に、はっと顔を上げた。どこかで聞いた話だ。香那が言っていたことによく似ている。 「離してはいけない手があるの。お母さんは・・・私は一度手を離した。でも、そう思っていたら、繋ぎ止めてくれた手があったの。そんなことは滅多にない。離してはいけない手を大事にしてね」  私は黙って頷いた。  私は医師を目指し、陽平は研究者を目指す。学ぶ場所は、おそらく今よりも遠く離れるだろう。新たな出会いもあるだろう。  そんな中で、手を離さずにいられるんだろうか?  今は離すつもりはなくても、私たちはまだ幼すぎる。  でも、と思う。  大切にしたい。やっと重ね、つなぎ合わせることができた“手”だから。
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!

275人が本棚に入れています
本棚に追加