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「お帰り」
陽平が私に声を掛けてくれた。
「俺、お母さんと沢山話せたから待合室で待ってるよ。二人で話したら?本もスケッチブックもあるから幾らでも時間潰せるんだ」
私にそう言って、すぐに陽平は立ち上がった。
「お邪魔しました。今度は弟君の顔見に来ます。ゆっくり休んでください。失礼します」
母にそう告げると、陽平は部屋を出て行った。生けた花を見せると、母は嬉しそうに笑った。
「紙コップが陶器に見えてきた。花とよく合うわね」
「何話してたの?」
「栞のことばっかりよ」
母はふふふっと笑った。
「良い人と出会えたね。栞」
「そう、だね」
どう答えて良いか分からなくて、そう相槌を打った。「そうでしょう?」と自慢するほど、まだ私は大人になれない。それを見透かしたように母が言った。
「幼いと、子どもだと分からないかもしれないけど。本当に大切な出会いって、あるのよ?」
なぜか真剣な母の言葉に、はっと顔を上げた。どこかで聞いた話だ。香那が言っていたことによく似ている。
「離してはいけない手があるの。お母さんは・・・私は一度手を離した。でも、そう思っていたら、繋ぎ止めてくれた手があったの。そんなことは滅多にない。離してはいけない手を大事にしてね」
私は黙って頷いた。
私は医師を目指し、陽平は研究者を目指す。学ぶ場所は、おそらく今よりも遠く離れるだろう。新たな出会いもあるだろう。
そんな中で、手を離さずにいられるんだろうか?
今は離すつもりはなくても、私たちはまだ幼すぎる。
でも、と思う。
大切にしたい。やっと重ね、つなぎ合わせることができた“手”だから。
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