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勇気を出して、陽平の肩に触れた。自分でも分かるくらい手が震えてる。
座ったままの陽平が、私を見上げる。
「今日、あの…1日目を始めない?」
「ちょっと、栞さっきから変だぞ?俺、今日はホントにそんなつもりで来たわけじゃない。来週って昨日言ってただろ?少し、近付きたかった。いきなりだと、俺だって緊張するから」
慌てた様子の陽平は、きっと嘘を吐いてるんじゃない。本当にそう思っていたんだな。
「たぶん、私の方がずっと、陽平に近付きたいと思ってた。今までずっと」
私は陽平の足の間にすっぽり入るくらい近付いた。こんなに、体の大きさが違うんだ。この至近距離で目を合わせるのは、ちょっときつい。戸惑っていたら、私の体に耳を当てるようにして陽平が体を預けた。
「こうしてていい?」
「うん」
私の鼓動がたぶん聞こえてる。この静かな部屋では、心音も感情も何も隠すことは出来ない気がした。
「いやらしいと思われたら恥ずかしかった。私も性に興味があるわけじゃない。陽平に触れたいだけ。私をもっと知って欲しいだけ。でもそう思うのが、自分が寂しいからなのかなってずっと思ってた。そんな気持ちの埋め合わせに陽平を利用するなんて嫌。」
「えらく、複雑で高尚な感じだな?」
「冷やかしてる?」
「違うよ。」
「じゃあ、何?」
「大切なことって、もっと単純な気がするんだ。言葉が伝わらない人とも分かり合えて、小さい子でも年を取っていても分かる、みたいな。本当に大切なことは誰もが感じて、誰とでもわかりあえる気がする」
そうか。本能よりも理性的で、直感よりも感覚的?
ああ、駄目だ。
やっぱり私は難しく考えすぎて、大切なことが分からなくなってしまう。
「俺は栞が好きだ。俺のことを知って欲しいし、栞のことを知りたい。何か足りないと思っているなら、俺があげられるもの何でもあげたい。できるなら、そばにいたい。それだけだ」
「ありがとう。陽平」
私は陽平の髪に触れた。さらさらした長めの髪だったけれど、今は耳元や襟足を短くしている。トップに少し長さがあるくらい。おそらく部活のためだろう。
私を支えていた陽平の手が、離れた。私は構わず、耳に触れた。以前、陽平は私の耳が赤いってからかったけど、陽平の耳もやっぱり赤くなっていた。そっと指でなぞると、陽平はすごい勢いで私から離れた。
「どうしたの?」
「いや、その…栞。ちょっと俺、困る」
……困る?
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