275人が本棚に入れています
本棚に追加
私たちが“緑道”と呼んでいるのは、多摩川に流れ込む小川に沿うように続く遊歩道のことだ。2キロほど続いていて、様々な木々が植えられている。
木漏れ日が見えるくらいで、ここでは日射しが柔らかい。東屋やベンチ、橋や池もあるからなのか、地元の人ではない人の姿もちらほら見かける。
陽平と手を繋いでいるだけで、景色が違って見える。旅をしているみたいに、川の流れや水鳥の動きが新鮮に目に映る。
私は現実に戻れる?
それとも、この幸せは続く?
長く不安な時間を過ごしていたせいか、こんなに幸せな気持ちが続くことが、たまらなく怖い。素直に喜べれば良いのに。
「こんなに近くにいるのに」
陽平の声に、我に返った。
「ごめん。ぼーっとしてた。あんまりきれいで。涼しくて気持ち良いから」
「そのわりに浮かない表情だよ?」
「ほんとにそうなんだよ?」
「…うん。あそこで休もう」
何ヵ所か通ったけれど、先客がいて休めなかった東屋に漸く空きがあった。
「陽平といると、たぶん気を抜きすぎちゃうんだ。ごめん。退屈させた?」
「そんなことないよ。俺も景色楽しんでたから、栞もそうかなって思ってたんだけど」
「あっ…!」
「…何?」
怪訝な顔で陽平は私を見た。それはそうだ。私を心配して、真剣に話していたから。
でも、これは今すぐ教えたい。
「ね、見て!あそこ。なんだっけ?あの青がきれいな鳥の名前。『やまなし』に出てくる、カワハギじゃなくって…」
「カワセミ?」
「そう、それ!」
「・・・カワハギとかウケる。それ、魚じゃん。」
なんて呟きながら、目は鳥を探している。
「ほら、あそこ。流れが細くなっているところに伸びている枝の上」
大きな声では鳥を驚かせてしまうから、陽平の耳元に顔を近付けて囁いた。
「あ、ほんとだ。いる」
二人で見守った。カワセミが飛び立ったと思った瞬間水面にしぶきが上がり、すぐに飛び去った。
「獲ったな」
「一瞬だ」
「うん」
思った以上に近付いていたことに慌てると、陽平の唇が触れた。
「・・・カワセミ並み」
「もっと、ゆっくりがいい?」
だから、聞くのは止めてって言ってるのに。
最初のコメントを投稿しよう!