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栞が花を生けるために席を立った。
「陽平くん、ありがとう。栞を支えてくれたんでしょう?」
俺から話すまでもなかったかもしれない。お母さんは、栞の胸のうちに気付いてたんだ。
「あの子、私たちに泣き言も文句も言わなくなった。全部自分で抱えてしまう」
「栞は、自分のこと責めてました。モヤモヤした気持ちがあって、心からお母さんの妊娠を喜べなかったって。そんな態度がお母さんを苦しめていると思ったんだと思います。今回のことも自分が悪いんじゃないかって」
「そんなわけないのに」
「俺もそう言いました。事実と感情を一緒にするなって」
「ありがとう。悪いとしたら、私の心苦しさがいけないの。誰にとっても良くないなって思うわ」
栞とお母さんは、たぶん考え方までよく似てる。
「栞は本当に嬉しそうに、赤ちゃんグッズを見てました。ちゃんと喜んでますよ。昔、お母さんに弟か妹が欲しいってお願いしたって言ってました」
お母さんは、少し涙ぐんだ。
「教えてくれてありがとう。栞はたぶん、言わないから」
「そうですね。たぶん言わない。栞がこの事に関して口にすると、お母さんがどうしても気に病んでしまうのを、わかっているから」
「陽平くん…」
「どんな状況でも、栞はお母さんをずっと大切に思ってます。自分が我慢していることに、気付きもしないくらい」
お母さんは顔を覆って泣き出した。
「だから、元気になって、赤ちゃん産んでください。俺は栞のこと、本当に大切に思っています。だから、お母さんのこともお父さんのことも栞と同じくらい大事にしたいです」
「ありがとう」
「あ、弟君も」
お母さんがふふっと笑った。笑顔はよく似てる。だから、お母さんもかわいいと思ってしまった。
俺の中のモヤモヤも、これでおしまいにすることにした。
「栞が戻ってくるまで、栞が小さかった頃のエピソード、教えてください」
涙をぬぐったお母さんは、笑顔を浮かべながら語り始めた。
「陽平くんと栞の思いが通じあって、本当に良かった。これからも、よろしくね」
戻ってきた栞がノックしたとき、そっと俺に伝えてくれた。
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