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情けないけれど、へこんだ。
誰だ?片想いは辛いって言ったの。
お互い思ってるはずなのに、ちっとも楽にならない。安心できない。
あー、そっか。そういえばそんな和歌が百人一首にあった。
“あひみての 後の心にくらぶれば 昔はものを 思はざりけり“
『恋しい人と契りを結んでから後の、恋しい気持ちに比べたら、昔の想いなど無いに等しいほどのものだった』
そんな意味だったはず。
なんだよ。昔の男もそうだったか。でも、この作者は契りを結んだっていう、俺と決定的な違いがあるけど。
色々考え事をしてたら、栞に促され部屋に入れてもらうことになった。いじけて駄々をこねて思いを通したみたいで、それもまた情けない。
自分でも、なんだかよくわからなくなってきた。
ただ、今日栞にどうこうする気はなかったのは確かだ。
それなのに、栞から俺に触れてくれた。
「ずっと近付きたかった」
そう言ってくれた。
俺には栞のそんな気持ちはわからなかったし、想像もつかなかった。
でも、やはり緩んだ顔になってしまう。こんな顔は見せたくない。座ったまま、俺の足の間に立つ栞を抱き締めた。
心地よく、栞の心音が耳に響く。
この日、初めて栞の素肌に触れた。
栞も、俺の肌に触れてくれた。
二人の間で、何かが変わった。
世界には、俺がまだ知らないことがたくさんある。
これ以上ないと思っていた愛しさも、もっと深くて、広い気がした。
今日は覗き見ただけ。
肌の柔らかさと白さと香りに、何度か我を忘れそうになった。恍惚とした表情の中に、栞の恐れを感じて俺は平静を取り戻すことの繰り返し。
お互いに腕や背中や、胸に触れただけなんだけど。肌を合わせた時の安心感に、涙が出そうなったことは誰にも言えない。
栞が触れる指に、心地よさと知らなかった快感、そしてどうにかなってしまいそうな恐れを感じた。
だから、今日はここまで。
上気した頬も潤んだ目も広がる髪も、俺をどうにかしてしまいそうだったけど、ちゃんと堪えられた。
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