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第一部 00 むかしむかし
「絶対多宝町の方が上だからっ」
「いや、福富町の方が格上だっつうの」
多宝町も福富町も、東西二校の小学校があり、計4校の出身者でこの二中は成り立っている。4月当初は学校ごとに過ごしていた。けれど、少しずつ遠慮がなくなってきた連休明けくらいから、巻き起こった論争がこれだ。
多宝町VS福富町。
東西の小学校には人数の差があり、それぞれ敵対するより徒党を組むのを選んだ結果こうなった。
栞は正直なところ、どうでも良かった。そんなことを言いながら、相手のことを知りたがったり仲良くしたかったりするのは見え見えだから。
素直に仲良くすればいいじゃん。
喧嘩するのも、仲良くするのもどうだっていい。仲の良い恵理が、私立中に行ってしまったから別にいい。
栞はそう思っていた。
それより、中間テストがあるじゃん。どうすんの?
栞は恵理と同じ中学を受験していたが、不合格だった。一緒に行きたかったのに。あの制服を身に纏って、電車通学で都心へ。
それなのに、こんな小学生と大差ない子達と三年間過ごすなんて。
人生終わった。
何が足りなかったんだろう?
点数は合格した恵理より、五点足りなかった。それが理由?それとも、面接?そんなことを考えていたときだった。
「なー、陽平。お前も多宝町がいいだろ?」
ふと顔をあげると、昼休みの教室にいた人のほとんどが論争に参加していて、席についていたのは陽平と呼ばれた人と栞だけだった。栞は福富西小の出身で、陽平と呼ばれた子も、その名を呼んだ子も知らなかった。
「え?何?」
陽平は、読みかけの本に丁寧にしおりを挟み、本を閉じてから顔を上げた。髪がボサボサなのは気になったけれど、眼鏡の奥にくっきりとした二重の、黒目がちの瞳が見えた。
「何の話か教えて」
「なんだ。陽平、また本読んでたの?」
「うん。だから何も聞いてない」
「あのさ、多宝町と福富町どちらが上か話し合ってた」
栞は、本を読んでいたつもりだった。その姿勢は崩していないけど、みんなの遣り取りに耳を傾けていた。なんだか、すごく恥ずかしい気分になった。
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