左手にはパペット

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 でも困った。診察室には子供達に配るお菓子なんて置いていないのだ。  そこへ、コンココンッ! とノックの音が響いた。 「賑やかですね」と、開け放したままの扉の向こうに笑って立っていたのは、ゴースト姿のピザ屋の店員さんだった。 「ピザだ!」と子どもたちが私を期待の目で見つめる。  私はポケットの中からおもむろにふわふわの「それ」を取り出した。 「お菓子の代わりに、一緒に食べようよ!」とウサギの声色で言うと、子供達は「わあっ」と歓声をあげて、私に飛びついてきた。  三十五年、小さな診療所で私はいつも患者さんを待っていた。だから私を待っている人なんていないと思っていたけれど……。  それは間違いだった。期待でいっぱいの瞳には、見覚えがある。小さな患者さん達はいつだって、私を待っていた。小さな体で一生懸命に病気と戦っている最前線で、医者の私という援軍を。  私は子どもたちにピザを配り、残っていた最後の一切れを「子どもたちの笑顔を眺める片手間に」自分の口に放り込んだ。  子どもたちの大切な一日が、最後のひと切れのピザ争奪戦でだいなしにならないように。  そして私の三十五年への小さなご褒美に!              おわり ☆最後までお付き合いくださってありがとうございます! 少しでも楽しんでいただけたなら、この上ない喜びです。             和來 花果
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