11 ヒロイン補正が効きすぎます

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11 ヒロイン補正が効きすぎます

「こんばんは」  窓辺に美しい毛並みの白猫の姿を見つけて、ニーナは駆け寄った。 「久しぶりね、エド。大丈夫? 風邪はうつらなかった?」  ニーナが風邪を引いた日以来、エドはしばらく来ていない。  最初は用がないからだろうと思っていたが、段々と心配になっていたところだった。 「大丈夫です。今日は、夜会用のドレスを持ってきました」 「夜会?」  見てみれば、いつの間にかベッドの上にドレスや靴が並んでいる。  いつもながら、神の力のお届け物は理解を超えている。 「夜会って、前に言っていたパーティーでしょう? やっぱり行くのよね。何をするのかもよくわかっていないから、ちょっと不安だけど」 「ニーナは途中入学しているので、夜会は今回だけですよ。あとは、卒業パーティーですね」 「それって、ざまぁの本番よね。……そうか。もうそんなに時間はないのね」  頑張っているつもりだが、十分にヒロインの役割を果たせているだろうか。  そして、ざまぁされたらニーナはどうなるのだろう。  アイーダのためにヒロインを演じることに変わりはないが、不安がないと言えば嘘になる。 「夜会は簡単に言えば、軽食とダンスです。必ず踊る必要はありませんが、ヒロインですから恐らく引く手あまたでしょう」 「ヒロイン補正が効いているから、仕方ないのよね。……でも、必ず踊る必要はないって本当?」 「一応は。ただし、ニーナの場合は誘われるのは必至なので、上手く断れるかどうかですね」  上手く断るというのなら、当然その理由が必要だ。  苦手なので、と言うだけではいずれ限界が来るだろう。  何せ、相手はヒロイン補正の虜なのだから。 「……ディーノ様にお願いしてみようかしら」 「ディーノ、ですか?」 「自分よりも地位がある美少年相手なら、無理に絡んでこないでしょう? あ、でもディーノ様はクラリッサ様の婚約者だから、こういう場合は一緒に参加するのよね、きっと」 「そうですね。ディーノはクラリッサのパートナーとして参加するはずです」  それを邪魔するのがヒロインのニーナなわけだから、最初からディーノと参加するわけにはいかない。 「仕方ないから一人で行くとして。いっそ誰か一人と一緒にいればいいかしら。その方が断りやすいわよね」 「……あては、あるのですか」 「皆無よ」  そんなに都合良く地位のある美少年なんて見つからないのだから、どうしようもない。  しかも、ニーナに協力してくれるとなれば、ディーノくらいしか思い浮かばない。  何故かほっと息をついた白猫は、尻尾を揺らすと何やら思案している。 「……俺に、考えがあります」 「何?」 「まだ言えませんが、ニーナの助けになるよう頑張ります」 「そう? よくわからないけれど、ありがとう」  エドがそう言うのなら、何か助けになるものがあるのだろう。  神の力で夜会をなくしてくれれば早いのだが、さすがにそれは無理か。  何にしても、ニーナのために行動してくれる人……猫がいるというのは、心強いことだった。  エドが届けてくれたのは、まさにヒロインというドレスだった。  ニーナの瞳と同じ珊瑚色の生地は、艶やかで上品。  それに白いレースがふんだんに使われ、華やかなのに清楚な印象だ。  あまり詳しくないニーナでさえわかるほど、素晴らしいドレスだった。 「可愛いし、ありがたいんだけど。これ、私が用意できるわけがないって、わかるわよね?」  ニーナは途中入学の平民だし、行く先々で学園内を清掃しているので、一部の生徒には清掃員か用務員だと思われている。  それ自体はほぼ事実なので問題ない。  問題なのは、その清掃員の平民が何故上質なドレスを用意できるか、である。 「相場もわからないけれど、絶対、私が買える値段じゃない。それだけは、間違いない」  となると、他の誰かが用意したということになる。  実際神の力で用意してもらったのだが、それは言えないし、誰も想像もしないだろう。 「……つまり、それなりにお金のある誰かが作ってくれたわけよね」  そういう相手がいるのだと匂わせるヒロインというのも、いかがなものだろうか。  それとも、ディーノあたりが用意したことにされるのかもしれない。  何にしても、ざまぁされるその日までは、ヒロイン補正によって都合良く解釈されるのだろう。 「それにしても。一人で着られない服って、面倒で仕方ないわね」  一応、試行錯誤してみたが、無理だった。  ワンピースなら、かぶってボタンを留めるだけだ。  ドレスは素敵だが、ニーナは服を着るために時間を割く気にはなれない。  こういうところが平民であり、選ばれしヒロインではないということなのだろう。  ため息をつくと、ニーナはアイーダを呼ぶために部屋を出た。 「ヒロイン補正、効きすぎだから……」  夜会の会場で、思わずニーナは呟いた。  最初は華やかな会場とおいしそうな料理にウキウキしていたのだが、すぐに男性に囲まれてしまった。  話しかけられ、ダンスに誘われ。  その度にどうにかかわして逃げてきたのだが、さすがに疲れた。  会場の片隅で柱に隠れるようにして休んでいるのだが、正直もう帰りたい。 「でもクラリッサ様に絡んでからじゃないと駄目よね、きっと」  せめて料理を食べたいが、出て行ったら終わりのような気がするので動けない。 「あれ、ニーナさんですよね?」  柱の陰でため息をついたと同時に、背後から明るい声がかけられた。  恐る恐る振り返ると、見覚えのない男子生徒が笑顔でニーナに近付いて来た。  ――見つかった。  更に大きなため息が出そうになるのを堪えると、どうにか笑顔を浮かべる。 「こんなところで、どうしたんですか?」 「いえ、ちょっと休んでいただけです」  そう言って離れようと後退るが、その分だけ男子生徒はニーナに近付いて来る。  ニーナの背が柱にぶつかると、男子生徒はにこやかな笑みを浮かべた。  柱の陰なので、会場の生徒達からは見えていない。  ……これは、良くない気がする。  ニーナが口を開こうとした瞬間、男子生徒の背後から声がかけられた。 「――お待たせしました、ニーナ」  そこに現れたのは、白銀の髪の美しい少年だった。
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