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12 白銀の少年
お待たせしました、と白銀の髪の美少年は言った。
これは一体、誰なんだろう。
男子生徒の知人かと思ったが、だったらニーナの名前を出すのはおかしい。
事態を飲み込めず首を傾げていると、白銀の少年は優しい笑顔をニーナに向けた。
「こんなところに隠れているから、探すのに苦労しましたよ」
「は、はあ」
探される覚えもないので、何と答えたら良いのかわからない。
「な、何だよおまえは。俺がニーナさんと話をしていたんだぞ」
「そうは見えませんでしたが。女性を死角に追い込むのは感心しませんね」
男子生徒が言葉に詰まると、その間に白銀の少年はニーナの手を引いて自分の背後に隠す。
視界に広がる背中を見ながら、ニーナは懸命に考えた。
こんな美少年の知り合いはいないし、何やら助けられている気もするが、心当たりがない。
これはもしかすると、彼も例のざまぁ要員なのかもしれない。
だとしたら、ニーナに声をかけてくるのもわかる。
ここは、話を合わせるのが得策だろう。
「お、遅いですよ。待ちくたびれました」
窺うようにそう言ってみると、白銀の少年はニーナに視線を落として、微笑んだ。
「すみませんでした。でも、ニーナももう少しわかりやすいところにいてくれないと困ります」
まるで約束をしていたかのような親し気な会話に、男子生徒が眉を顰める。
「人の目が無ければ、不埒な輩も出てきかねませんからね」
男子生徒は何やら呟くと、そのまま後退るように離れて行った。
「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして。でも、本当にこんな人目のないところにいては駄目ですよ。特に、今のあなたは」
「気を付けます。それでは、失礼します」
助けてもらったのはありがたいが、ざまぁ要員と仲良く過ごす気にはなれない。
契約文に『白銀の髪の美少年と親しくなって捨てられる』とでも書いてあれば仕方がないが、関わらなくて済むのならそれに越したことはない。
雇われの身だが、契約以上のサービスをする義務などないはずだ。
それと、お腹が空いたので、そろそろ何か食べたい。
礼をして離れようとするニーナに、少年が声をかけてきた。
「待ってください。あなたと話がしたいんです」
結局、彼もヒロイン補正の犠牲者なのかと、少しばかりうんざりする。
「私は、話すことはないです」
断って歩き出そうとすると、少年は慌てた様子でニーナの前に立つ。
「――俺の目を、見てください」
――さすがは美少年。
随分と自信があるものだと感心しながら見てみると、少年の瞳は青と金のオッドアイだった。
「……綺麗な瞳ですね」
「ま、待ってください!」
褒めてそのまま立ち去ろうとするニーナを、少年が慌てて止める。
「見覚え、ないですか?」
縋るような問いに考えてみるが、こんな特徴的な瞳の人に知り合いはいない。
白銀の髪に青と金のオッドアイだなんて、特徴しかないのだから、忘れるとも思えない。
首を傾げて、ニーナは考える。
白、青、金。
ふと、神の使いの白猫を思い出す。
この色合いは、エドにそっくりだ。
だが、あちらは神の使いの猫で、こちらは学園の美少年。
生物として、まったく違う。
唸りながら考えるニーナを見ていた少年が、ふと息を漏らす。
「……俺は、ニーナの助けになりましたか?」
「え?」
『まだ言えませんが、ニーナの助けになるよう頑張ります』
そう言って尻尾をそよがせていたのは。
「……エド?」
恐る恐る名前を呼ぶと、少年は顔を綻ばせる。
「良かった、やっと気付いてくれましたね」
そう言ってニーナの手を引くと、会場の端のソファーに座った。
艶やかな白銀の髪、青と金の瞳、美しい造作。
これだけを見ればエドと少年は似ているのかもしれない。
「……本当に、エド?」
「そうですよ」
確かに、目だけを見て話せばエドそのものだ。
「でも、何なの、その姿。猫じゃないの? 人間にも化けられるの?」
神の使いというのだから、色んな姿になれるのだろうか。
だとしたら、是非ともモフモフの猫でお願いしたい。
「いや。俺は人間です。こっちが本来の姿なんです」
「えー……」
本音が思わず漏れる。
こんなに残念なことがあって良いのだろうか。
明らかに不満そうな態度に、エドが慌てだす。
「え、駄目ですか?」
「……いや、美少年も良いんだけど。エドの至福の毛並みや肉球が、もう楽しめないのね」
癒しが一つ減ってしまう。
ニーナはがっくりと肩を落とした。
「いえ。ニーナの所に行く時は、猫の姿です」
「――本当!」
嬉しくなって身を乗り出すと、エドは複雑そうな顔でうなずいた。
「良かった。……それで、何で神の使いなんてやっているの?」
「その話の前に、これをどうぞ」
エドが上着から取り出したのは可愛らしい包みだった。
開けて見ると中には小ぶりのクッキーが入っている。
一つ一つ色も形も違って、おいしそうだ。
「これ……?」
「ニーナはヒロイン補正で身動きが取れないだろうから、食事もまともに取れないかな、と思いまして」
まさにその通りで、ニーナは空腹だった。
「ありがとう。食べても良い?」
「もちろんです」
一つ口に放り込めば、程よい甘さが体に染みわたる。
空腹がスパイスになっているとはいえ、クッキー自体もかなりの味だ。
「おいしい。エドも食べる?」
「いえ。これはニーナのために持って来たので、あなたが食べてください」
どれだけ空腹だと思われたのだろうと少しばかり恥ずかしくなったが、背に腹は代えられない。
結局、ニーナはエドのクッキーをぺろりと平らげた。
「どうぞ」
いつのまにか、エドの手には飲み物がある。
確かに、クッキーを一気に食べたのでのどが渇いた。
礼を言って飲んでみると、爽やかな果実の香りが口に広がった。
「結局、エドは何なの?」
美貌の少年はニーナを見ると、優しく微笑んだ。
それは、神の使いに相応しい、美しい笑みだった。
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