77人が本棚に入れています
本棚に追加
13 美少年より美猫です
「俺も、ニーナと同じ転生者です」
「ええ!」
思わず声を上げ、慌てて口を押さえる。
ここで目立てば、ヒロイン補正のせいで人が集まってきかねない。
「ここは会場の端で人も少ないし、大丈夫ですよ」
ニーナの懸念を理解しているらしいエドは、そう言いながらも周囲に目を配っているのがわかった。
「俺は元々体が弱くて。持病があるわけではないのですが、すぐに体調を崩してしまうんです。おかげで、周囲には心配も面倒もかけていました」
「そんな風には見えないけれど」
「それは、ニーナのおかげです」
「私?」
全く身に覚えがないが、何かしただろうか。
「今回のラッキー転生キャンペーンは、説明した通りヒロインの担当が難航していました。そこで、神はスカウト役として俺に声をかけて来たんです」
なるほど。
ヒロインは女性なのだから、むさくるしいおじさんよりは美少年の方が話がうまく進みそうだ。
そうすると、ニーナの所に武器である顔がわからない状態で来るのはおかしい。
いや、ニーナの場合は美少年よりも美猫の方が嬉しいし、心を許す。
そういう意味では、的確な判断だと言えた。
「だから、私には猫姿だったのね」
「いえ。別にニーナに猫姿を見せようとしたのではありません。最初にクラリッサに契約開始の説明をする時には、このままの姿で行ったのですが。何というか……大変に絡まれまして」
突然の美少年来訪なのだから、不審者だと騒がない限りは、大興奮なのかもしれない。
ちなみに、ニーナは完全に前者だ。
つくづく、エドが猫で良かったと思う。
「当選者の悪役令嬢と会うのは一度だけなので良かったのですが、ヒロインとは何度も会う必要があります。毎度絡まれるのはさすがに疲れるので、神にお願いして姿を変えてもらったのです」
「そこで猫を選んでくれたことには感謝するわ。おかげで、史上稀な美人猫を堪能できたわ」
猫は猫の時点で既に可愛いが、それにしても白猫エドの美人ぶりは素晴らしいものだった。
「……俺は、当選者の望むヒロインを演じる者を見つけ、ざまぁされた暁にはこの体質を治してもらう契約なんです」
「体質って」
確か、ニーナの契約時にアイーダの病気は治せないと言っていたから、そういうものは無理なのかと思っていたのだが。
「前にも言いましたが、契約で他の人間の病気を治したりすることはできません。ただし、契約者本人の場合には有効になります」
「……そう、なのね」
少しだけずるいとか羨ましいと思ってしまった。
自分の浅ましさが嫌になる。
仮にアイーダにチャンスがあったとしても、クラリッサと一緒に学園に通うのは無理なので、結局は不可能な話だ。
苦痛の緩和をしてもらえるだけでも、十分にありがたいと思わなければ。
「ニーナがヒロインらしくすればするほど、俺の体質は改善されます。おかげで、今はだいぶ調子が良いです」
「……そう。なら、良かったわ。持ちつ持たれつということね」
ニーナがヒロインらしくすれば、アイーダだけでなくエドまで良い効果が現れるということだ。
それは、頑張った甲斐があるというものである。
「でも、何で人間の姿でここに? 契約ではエドの姿を見せる必要はないでしょう。……もしかして、私を助けるためにわざわざ来てくれたの?」
「ニーナがこうなるのは、わかっていましたから」
ヒロイン補正で身動きがとれず、空腹だと見抜いていたのか。
「ありがとう、エド」
「それもありますが。あとは、ニーナと話をしてみたかったんです」
「話なら、いつもしているじゃない」
エドは定期的にニーナの部屋に来ているし、毎回進捗報告で話をしている。
「あれは、俺だけど俺じゃないでしょう。神の使いで猫のエドです。……俺は、エドモンド・ゼラーティ。ゼラーティ公爵家の次男です」
ニーナは思わずぽかんと口を開けてしまう。
「公爵令息、だったのね。……なら、こんな風に砕けた話し方じゃ駄目よね。いえ、駄目ですよね」
何だかエドが遠くなってしまった気がしてしまうのは、根っからの平民気質のせいだろう。
「いえ、良いんです」
「でも」
「ニーナはそのままで、大丈夫です」
公爵令息に対して、平民がこの話し方で良いはずがない。
「……なるほど。ヒロイン補正ってこと? 普通なら許されない言葉遣いでも、問題視されないってことね。それとも、これを悪役令嬢に注意されて、嫌がらせだと吹聴しなさいってことかしら」
面倒ではあるが、ある意味王道だ。
平民ごときが馴れ馴れしい口をきいて良い相手ではない、というやつか。
「そ、そうじゃないです」
「じゃあ、何?」
「……だから、ニーナと話をしたかったんです。猫のエドではなく、エドモンドとして」
そんな風にじっと見つめられると、美少年が輝いているので眩しい。
ヒロインよりも悪役令嬢よりも美しい神の使いの少年って、何なんだろう。
ニーナも別に不美人というわけではないが、美醜の次元が違う。
これでも一応女の子なので、少しばかり切なくなった。
「そう。それで、何を話すの?」
ニーナが聞いた瞬間、会場の中央からクラリッサの声が聞こえてきた。
ソファーから立ち上がって様子を窺うと、どうやらディーノと何か揉めているらしい。
メイン攻略対象と悪役令嬢がいるのなら、それはイベントだ。
ヒロインが参加しなくてどうする。
「――大変、出遅れたわ。クラリッサ様ったら、登場人物が揃わないのにイベントを始めようとするのよ。行ってくるわね」
「……行ってらっしゃい、ニーナ」
慌てて飛び出すニーナを、エドモンドは寂し気な笑みで見送った。
最初のコメントを投稿しよう!