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14 登場人物が揃ってからが、イベントです
「誤解だよ。というか、誰もいないだろう?」
「騙されませんよ、ディーノ様。婚約者の私を差し置いて、こんな……こんな? ……あ、来たわ。そう! こんな平民と踊るだなんて!」
どうにか駆け付けたニーナを見て、クラリッサが安堵の笑みを浮かべている。
こちらは、さすがに息が切れた。
慣れないヒールの靴にドレスで走るのは、結構つらい。
どうやら『婚約者を差し置いて他の女と踊るつもり』というくだりらしいが、それはヒロインがいる状態で始めてほしい。
クラリッサは本当にせっかちで詰めが甘い。
やっぱり悪役令嬢よりもドジっ子ヒロインになるべきだと、ニーナは強く思った。
「わ、私は。そんな、つもり、では……」
息が切れているので、台詞も細切れになる。
だが、クラリッサはお構いなしで活き活きと悪役令嬢を演じている。
話の流れからすると、ニーナがクラリッサを差し置いてディーノと踊るのだろう。
だが、よく考えればダンスなんてできない。
下手くそなダンスでも優しいディーノと、それに嫉妬するクラリッサというのもありかもしれないが、ディーノの足が瀕死になりかねない。
ここは、変化球で攻めてみることにしよう。
「クラリッサ様が、ディーノ様と踊ってください」
「ええ? ……どうしてよ」
クラリッサの予定と違うらしく、露骨に不満そうだ。
ディーノと踊れるのだから問題ないはずなのだが、やはり一悶着欲しいのだろう。
普通に勧めても納得しそうにないクラリッサのため、ニーナは大きなため息をついた。
「クラリッサ様のように優雅に淑やかに、誰もが憧れるようなダンスが出来れば良いのですが、とても私では……」
悲しそうな雰囲気を出しつつ、伏し目がちにする。
「クラリッサ様とディーノ様の軽やかで美しいステップを見れば見るほど、自分が恥ずかしくなります。見るのがつらいです」
ここで涙の一粒でもこぼせば完璧だが、それは高望みというものだ。
ちらりとクラリッサを窺うと、呆気にとられたかと思えば、すぐに喜色満面に早変わりした。
「そ、そうね。あなたのような平民は、見ているだけがお似合いだわ!」
楽しそうなクラリッサの後ろで、ディーノが仕方ないとばかりにため息をついている。
「……クラリッサ。向こうで俺と踊ろうか」
「ええ、ディーノ様」
手を取って歩いて行く二人を見送ると、どっと疲れが出た。
「でも、これで一仕事終わりよね」
料理は名残惜しいが、もう帰ろう。
「ニーナさん、俺と踊ってくれませんか」
帰宅することしか考えていなかったニーナの目の前に手が差し出される。
それを皮切りに、幾人もの男性がダンスを申し込んできた。
……これは、困った。
いっそ、足に怪我でもしていることにしようかと思ったが、さっき走ってクラリッサの元に行ったのだから、無理な話だろう。
「――ニーナ。俺と踊ってくれますか」
聞き慣れた声と共に綺麗な手が差し伸べられる。
白銀の髪の美少年が微笑むのを見て、周囲の男性達がざわめく。
きっと、これもニーナを助けようとしてくれているのだろう。
ニーナは迷わずエドモンドの手を取った。
「助かったわ、エド。あれだけ囲まれると、どうしようもないわね」
エドモンドがその美貌で黙らせてくれたおかげで、問題なく離脱できた。
まったく、ありがたい限りである。
「さて。一仕事終えたことだし、このまま帰っても良いわよね。エドもお疲れ様」
手を振って帰ろうとすると、エドモンドがその手を握ってきた。
「待ってください。せっかくなので、踊りませんか?」
「ええ? 私は踊れないって言ったじゃない」
「俺が合わせます」
エドモンドに手を引かれ、会場の端まで移動する。
「ここならそれほど目立ちませんし、ディーノ達からも見えません」
「それは良いことだけど、でも、本当に踊れないわよ?」
「大丈夫です。上手に踊ってほしいわけじゃありませんから」
「んー?」
どう意味なのか考えている間に、いつの間にか踊り始めている。
ニーナも頑張って合わせようとはするのだが、定期的にエドモンドの足を踏んでしまう。
「ごめん、エド。もうやめよう? 怪我をするだけよ」
「大丈夫です」
散々足を踏まれているのに、エドモンドは楽しそうに笑っている。
「……ダンスも、久しぶりです」
ぽつりと、そう呟くのが聞こえた。
なるほど。
久しぶりだから、上手な御令嬢と踊るのが不安だったのか。
確かに、ニーナが下手なせいで多少失敗しても目立たないし、気楽だろう。
『上手に踊ってほしいわけじゃない』というのは、そういうことか。
ならば、日頃の感謝を込めて、エドモンドに付き合うのも良いかもしれない。
下手なダンスを望まれているとわかれば、こちらとしても気楽だ。
そうしてしばらく踊っていると、段々と周囲を見る余裕が出てきた。
「ニーナ、上手になってきましたね」
「本当?」
何だか嬉しくなって見上げてみると、青と金の美しい瞳と目が合った。
「はい。上手ですよ」
優しく微笑むエドモンドを至近距離でまともに見てしまい、慌てて視線を外す。
美少年の微笑み、おそるべし。
危うく、ときめくところだったではないか。
「ありがとう。……もう、帰るわ」
エドモンドに挨拶をすると、目立たぬよう足早に会場を後にする。
普段よりも鼓動が跳ねているのは、走ったからだけではない気がした。
「ただいま」
「……お帰り、ニーナ」
疲労を感じつつ扉を開けると、アイーダが待っていてくれたのだが、その顔色が明らかに悪い。
「お母さん? 具合が悪いの? 無理しないで、横にならないと」
慌ててアイーダの額に手を当てる。
熱はない。
寧ろ、冷えていると言って良かった。
「ニーナ、楽しかった?」
「もう。そんなことどうでも良いの。今、ベッドを整えるから待っていて」
「その恰好じゃ大変よ。おいで、ニーナ」
確かに、ドレス姿ではベッドメイクひとつまとも出来そうにない。
苛立つニーナを手招きすると、アイーダはゆっくりとドレスを脱がせ始める。
「素敵なドレスを貸してもらって良かったわね。お母さんも、ニーナの可愛らしい姿を見られて幸せだわ」
顔色は悪いが、声はどこまでも優しくて、ニーナは危うく涙がこぼれそうになった。
ドレスを脱ぐと下着姿のままアイーダの部屋に飛び込み、ベッドを整えて水を用意する。
アイーダを寝かせると、浮かれていた自分が恥ずかしくなった。
あれは、夜会じゃなくて、仕事だ。
ダンスなんてしないで、まっすぐ帰ってくれば良かった。
ドレスを片付けながら溢れる涙を拭うと、ニーナは深呼吸をする。
アイーダは既に余命宣告をされていて、はじめに伝えられたその時は、既に過ぎている。
それでもまだ、実感は湧いていなかった。
だが、それは契約のおかげで苦痛を取り除いてもらっているからだ。
決して病気が治ったわけではないし、契約をこなしても余命が延びることはないのだろう。
それでも、ニーナにできるのはこれしかない。
優先順位を間違えてはいけない。
まずは、アイーダ。
そのためにも、ニーナはざまぁされなければいけないのだ。
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