3 制服と猫の性別

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3 制服と猫の性別

「今日は、制服を届けに来ました」  さらに翌日、白猫エドはそう言って窓辺に座っていた。  窓の外は壁なので、歩いてきたわけではないだろう。  それに、猫が制服を担いでくるのも大変そうだ。  たぶん、神の力とやらでホイホイ送られているのだろう。 「学園に通う許可は出ましたか?」 「ええ。清掃のバイトのついでに通わせてもらえる、ということにしておいたわ。心配されたけど、何とか大丈夫」 「平民が通うことは滅多にありませんしね」 「あら、さすがは神の使い。よく知っているわね」 「いえ、その。……不安は、ありますか?」 「基本的にヒロインは周囲を虜にしていて、たまに悪役令嬢に嫌がらせをされるんでしょう? まあ、大丈夫なんじゃない? ……最後のざまぁ、までは」  ざまぁされて具体的にどうなるのかは、契約文ではわからなかった。  だが、王子と侯爵令嬢に迷惑をかける形なのだから、相応の罰を与えられるのかもしれない。 「万が一、私が殺されたり、長期間お母さんから離れなきゃいけないようなら、成功報酬でお母さんを病院に入れてほしいんだけど」 「……もしも、そういう展開があれば。その通りにします」  エドの返答に、ニーナは胸を撫でおろした。 「だったら、安心だわ。ありがとう」  これで、どうなろうとも、アイーダは無事だ。  あとは、ニーナがヒロインとして立派にざまぁされなければいけない。  ふと、ベッドの上に置かれた制服に目を留める。  バイト代だけでは、服だってなかなか買うことができない。  明らかに上質な素材の制服に、ニーナの気分も少し上昇する。 「これが制服ね? 早速、着てみようかしら」 「え? あー!」  服を脱ごうと手をかけると、踏みつぶされた蛙のような叫び声が響いた。 「何? どうしたの、エド」 「あ、あなたには恥じらいというものがないのですか」  エドが何やら慌てているが、神の使いとはいえ、猫に恥じらっても仕方ない。  別に全裸になるわけでもあるまいし、何の問題があるというのか。  というか、そもそもエドはオスなのか、メスなのだろうか。  気になったので、挙動不審の白猫を抱っこすると、そのまま股間を確認する。  そこにはふわふわの毛玉がついていた。 「……ということは、エドはオスなの? 神の使いにも性別はあるのね」 「な、何を見ているんですか!」  エドはじたばたと身をよじると、ニーナの腕から飛び降りる。 「別に良いじゃない。出ているものは見ても良いのよ。それに、可愛いし」  エドは何かを言いかけて、やめる。  どうやら恥じらっているらしい。  白い毛でわからないが、もしかすると赤くなっているのかもしれない。 「神の使いとやらも、意外と繊細なところがあるのね」 「それは、――わー!」  あらためて脱ごうと胸元のボタンを外すと、再び奇声があがる。 「もう、何なのよ。そんなに見たくないなら、後ろを向いていてちょうだい」  白猫の体を持ち上げて向きを変えると、服を脱ぐ。  制服に袖を通すが、質の良い布地は肌に優しく気持ちが良い。  深緑色の上着とスカートが上品で可愛らしかった。  後ろをむいたまま微動だにしない白猫を持ち上げると机の上に置き、スカートの裾をつまんで見せる。 「どう? 少しはヒロインらしく見えるかしら?」  馬子にも衣装と言うから、この制服ならニーナでも何とかマシに見えるかもしれない。  それを期待するしかないとも言える。 「はい。……可愛いと思います」 「神の使いって、猫でもお世辞が言えるのね」  感心しながらベッドに腰かける。 「そう言えば、学園って何を学ぶの?」 「ごく基本的な歴史などですが、どちらかというと貴族の子息令嬢の交流の場のようなものです。学園主催の夜会もありますよ。既に開催されたので、あと一回だけですが」 「夜会って、パーティーってことでしょう? 行ったことないし、ドレスなんてないし、ダンスするなら、それもできないけど。行かないと駄目なの?」  日本でも転生しても一般人で平民なので、そういった華やかな場所にはまったく縁がない。 「ヒロインとしては、その方がざまぁに近付くと思われます」 「……なるほど。なら、行った方が良いわね。でも、ドレスがないわ」 「わかっています。それは、こちらで」  間髪入れず返ってくる答えに、ニーナはため息をついた。 「……エドも大変ね」 「え?」 「神の使いのお仕事とはいえ、私の所に来ては話を聞かないといけないなんて、面倒でしょうに」 「いえ。俺にも報酬がありますから」  そう言う白猫をよく見てみると、ふわふわの毛に埋もれ気味ではあるが、首には契約者の指輪がぶら下がっていた。  つまり、エドもニーナと同じく契約者ということか。 「そう。なら、良かった」  それにしても、猫の報酬って何だろう。  お肉一年分とか、またたび舐め放題とかだろうか。  肉に埋もれ、またたびに酔う白猫を想像して、ニーナの頬は緩んだ。 「お母様はいかがですか?」 「あれから倦怠感もなくて調子が良いみたい」  近所の人もアイーダの様子に驚いていた。  薬を変えたことに食いついていた人には、砂糖菓子の錠剤をいくつか分けてあげた。  これで、妙薬を持っているわけではないと分かってもらえるだろう。  人の嫉妬は怖い。  薬を狙う不埒な輩が万が一にも出てこないように、ニーナなりに考えていた。 「もう一度言っておきますが」 「病気が治ったわけじゃないんでしょう? 大丈夫、わかっているわ」  そう、あくまでもこれは苦痛の緩和だ。  アイーダの病気が治ったわけではないし、進行を食い止めているわけでもない。  何とも言えない気持ちに、ニーナは目を伏せる。 「それなら、良いです」  神の使いの白猫は、そう言うと長い尻尾を優雅に揺らした。
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