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4 出会いイベントは手探りです
「意外と、平和なものね」
ニーナは中庭を散歩しながら、呟く。
学園に途中から入学した平民という、なかなか目立つスタートを切って数日。
注目こそ浴びてはいるが、嫌がらせをするような人もいないし、思った以上に平和に過ごしている。
だが、文字通り住む世界が違うので、話がすれ違ってしまう。
上品な御令嬢の皆様は、どうやら猫を見てもお腹に顔をうずめたり肉球の臭いをかいだりはしないらしい。
忍耐力が凄まじいのか、猫に興味がないのか。
どちらにしても、嗜好と思考が噛み合わない。
何だか気疲れしてしまい中庭を散歩していると、畑のようなものが現れた。
花壇なのかとも思ったが、綺麗に整列した畝を見る限り、花を植えるようには見えない。
「綺麗な土。何を植えるのかしら」
何となく気になって、しゃがみこんで雑草をむしり始める。
葉っぱだけを引っ張ってむしっても、根が残ればすぐに雑草は生えてくる。
根までしっかりと抜くことが肝要だ。
「こんな風に、お母さんの病気も引っこ抜ければ良いのにな」
言っても仕方のないことだが、ため息がこぼれる。
せっかくの綺麗な土がもったいないので、根に絡んだ土もしっかりと落とす。
「……君、何をしているんだい?」
いつの間にか夢中で草むしりをしていたニーナは、声をかけられるまでそばに立つ少年に気が付かなかった。
見上げてみると、青藍の髪に金茶の瞳の美少年がニーナを見ている。
この世界に転生して、一二を争う美少年を見た。
泥で汚れた手袋をしてバケツを持っていても、その麗しさは変わらない。
「学園の生徒が草むしりをするなんて、珍しいね。しかも、慣れているだろう?」
「はい。慣れていますね」
家の周りの草むしりもするし、庭の草むしりアルバイトをしたこともある。
特に速いわけでも上手なわけでもないが、学園の生徒は貴族ばかりなのだから、草に触れたことすらないのだろう。
「俺はディーノ・メント。君の名前は?」
「ニーナ・スカリオーネです」
答えてから気付いたが、メントは国の名前なのでこの少年は王族だ。
もしかすると、彼が契約文にあった王子なのかもしれない。
この美少年と親睦を深め、そして捨てられるのだと思うと、なんだか感慨深いものがある。
「何をしているのですか!」
突然の大声に驚いて振り向くと、紫紺の髪に翡翠の瞳の美少女が仁王立ちしている。
「クラリッサ、どうしたんだい」
「下々のような土いじりなど、ディーノ様には相応しくありません。それに、あなた」
クラリッサと呼ばれた美少女がニーナを睨む。
「ディーノ様はこの国の王子ですよ。そのような恰好で、無礼でしょう」
指摘されて見てみれば、ニーナの制服には土がついているし、靴も土まみれだ。
それを言ったらディーノは更に泥だらけなのだが、そこには触れないらしい。
「これだから平民は」
「私の事を知っているんですか? あなたはどなたですか?」
素朴な疑問を口にすると、待ってましたと言わんばかりにクラリッサの瞳が輝いた。
「私は、クラリッサ・テッサリーニ。ディーノ様の婚約者です」
なるほど。
彼女がラッキー転生キャンペーン当選者の、悪役令嬢か。
才色兼備を掲げるだけあって、確かに美少女だ。
ディーノとの関係性をアピールしつつ平民を蔑む完璧な仕事ぶりに、ニーナも思わずうなずく。
手に光る赤い石の指輪は、ニーナのものとよく似ている。
当選者が赤い石なのか、あるいは一人一人違うのかもしれない。
これはヒロイン、メイン攻略対象の王子、悪役令嬢の出会いのイベントなのだろう。
となると、ヒロインはどうするべきか。
「……王子とは知らず、失礼致しました。ですが、土いじりも楽しいものですよ?」
差し障りのなさそうな返答として、謝罪とディーノの行動の擁護をしてみる。
「何を言うかと思えば。話になりません」
全否定だ。
これは、もっと食らいつくような返答の方が良いのだろうか。
何となくだが、クラリッサが期待の眼差しでこちらを見ている気がする。
彼女はいわば、上顧客。
期待に応えて、立派なざまぁに備える必要がある。
「……では、今後野菜を食べずに過ごしてみてください。便秘と肌荒れに苛まれた上で、土から育つ野菜のありがたさに悔い改めると良いでしょう」
何だかこちらが悪役みたいな言い方になってしまった。
「そちらこそ、私の肌を甘く見ないことですね」
クラリッサは腰に手を当ててふんぞり返ると、そう言って立ち去っていく。
よくわからないけれど、どうにかクラリッサが悪役っぽい感じで終わらせてくれた。
ありがたいことだ。
良い人かもしれない。
悪役令嬢だけど。
クラリッサを見送っていると、隣ではディーノが笑っている。
「君、ニーナだっけ。……面白い子だね。これからもよろしく」
にこりと微笑む姿は、やはり麗しい。
どうにか出会いイベントは上手くこなせたようで、一安心である。
「お帰り、ニーナ。夕食ができているわよ」
扉を開けると、アイーダが笑顔で出迎えてくれた。
「お母さん、調子が良いみたいね」
「ええ。嘘みたいに楽なのよ。ニーナの用意してくれた薬のおかげね。でも、あんまり無理はしないでちょうだいね」
「大丈夫よ。バイトのおかげで学園にも通わせてもらっているし、幸運なくらいよ」
アイーダ特製の人参スープを飲みながら、話が弾む。
少し前では考えられなかった光景だった。
「こうして過ごせるのも、契約のおかげなのよね」
就寝の挨拶をして自室に戻ったニーナは、幸せをかみしめつつ、ため息をつく。
「もっと、本腰を入れてヒロインにならないと」
悪役令嬢とメイン攻略対象に出会ったことだし、ここからが本番だ。
「こんばんは」
「エド! いらっしゃい」
挨拶もそこそこに、白猫を抱き上げるとそのお腹に顔をうずめる。
ふわふわのお腹は、意外にも石鹸のような匂いがした。
「ニーナ、くすぐったいからやめてください」
「あ、私の名前。契約の時以外で初めて呼んだわね」
「そうですか?」
「そうよ」
何だか少し親しくなれた気がして、嬉しくてもう一度エドのお腹に顔をうずめる。
「だから、それをやめてください」
「いいじゃない。減るものじゃないし」
「そうですけど。その、こちらにだって都合というか、心の準備が」
なるほど。
モフられる側にも、準備が必要なのか。
それは盲点だった。
「じゃあ、事前に言えば良い?」
「いや、そういうものでは」
「今から、エドの前足を握って爪の出し入れを堪能した後に、尻尾の付け根から関節の骨を数えるわよ」
「し、尻尾は駄目です!」
エドが慌てた様子でニーナの腕の中から飛び出す。
「何よ。痛くしないわよ。私を信じて任せてちょうだい。これでも、野良猫ハンターとして数多の猫を撫でつくしてきたのよ」
「そういうことではなくて。……とにかく、尻尾の付け根は駄目です」
「じゃあ、前足の肉球で、音の出ない拍手をして楽しむわ」
どうやらそれは許容範囲らしく、エドは大人しくニーナに抱っこされた。
「当選者の悪役令嬢、クラリッサ様に会ったんだけど。彼女はヒロインが雇われ者だと知っているの?」
エドの前足の肉球同士を合わせ、拍手のような様を楽しみながら訪ねる。
「いいえ。知りません。当選者との接触は契約時に神が一回、契約開始の連絡で俺が一回だけです。彼女は他に転生者がいることも知りませんし、ヒロインもメインも関係者は皆、この世界で生まれ育った人間だと思っています」
「じゃあ、雇われたヒロインだとは知られない方が良いのね?」
「契約では触れていないので駄目ではないかもしれませんが、心証は良くないでしょうね」
確かに、気持ち良くざまぁしてもらうには、ニーナは本物のヒロインであった方が良いだろう。
「でもエド、クラリッサ様の望むヒロイン像がよくわからないんだけど」
「というと?」
「純粋系、天然系、熱血系、ツンデレにヤンデレ……上手くできるとは限らないけれど、傾向くらいは決まっていた方がやり易いんだけど」
「特にヒロインの行動内容に指定はありませんでしたよ。魅力で周囲を虜にするくらいです」
「難しいわ。それ、かえって難しいわよ。魅力がないんだから、そこが一番困難なのよ」
どうしようかと悩んでいると、エドが大丈夫とニーナに話しかける。
「ニーナができることをしていれば、それが魅力になりますよ」
「ヒロイン補正ってやつ? それがあるの?」
「契約文にあるので、恐らくは」
「そう、良かった」
なら、何かしていればそれで良いのだろう。
勝手に魅力を感じて勝手に虜になるというのだから、神の力とやらは恐ろしいものだ。
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