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6 ジャポニカ米が理想です
「つまり、ニーナも契約者ということか」
「ディーノ様も、そういうことですよね」
「……とりあえず、座ろうか」
ディーノに促され、ニーナは畑の横にあるベンチに腰かけた。
「転生者で契約者……だね?」
「はい。ディーノ様もそうなんですよね?」
「うん。神の使いの猫に脅されてね。仕方なく引き受けたよ」
「お、脅される、ですか?」
神の使いの猫がエドかどうかはわからないが、それにしても脅すとは穏やかではない。
「そう。メイン攻略対象にならないと国王にするぞ、と言われたよ」
「……それ、脅しなんですか?」
普通に考えれば、どちらかというとご褒美のような気がするのだが。
しかし、ディーノは嫌そうに顔を顰める。
「酷い脅しだよ。俺は田舎の領地でのんびりと暮らしたいんだ。本当はざまぁなんてものに関わりたくもない。こうして畑仕事をしていたいし、いずれは米を作りたい」
「お米ですか」
「そう。それも、いわゆる日本の米が食べたい」
ディーノは、まるで子供の様に瞳を輝かせている。
「なるほど。インディカ米でもジャバニカ米でもなくて、ジャポニカ米を作りたいんですね」
うなずくニーナの手を、ディーノが勢いよく握りしめた。
「――そう! そうなんだよ。ニーナ、よく知っているね」
麗しい顔の金茶の瞳に見つめられ、さすがにちょっとドキドキしてしまう。
これがもしかすると、メインの補正なのかもしれない。
「……日本では、農家の娘だったと思います。たぶん」
「何てことだ。日本で出会いたかったよ、ニーナ!」
「ただの田舎の米農家ですよ?」
「最高じゃないか。理想の女性だよ」
どうでも良いが、手を離してほしい。
至近距離の美少年というのは、一種の爆弾だ。
うかつに近付けば、こちらが火傷しそうである。
「……でも、この国の気候だと難しくないですか?」
「――そう、そうなんだよ! ニーナ、この件はもっとじっくりと話し合いたい」
「それは良いのですが、契約の話をお聞きしたいです」
「そうか、そうだな」
ようやくニーナの手を離したディーノは、笑顔でうなずいている。
「俺は、クラリッサの婚約者としてヒロインに惹かれ、最終的にはヒロインの所業をばらす係だな」
「私は、周囲を虜にしつつ、クラリッサ様に嫌がらせをされたと言い、ざまぁされる係です」
それぞれの今後を話すと、顔を見合わせて思わず笑う。
こんなわけのわからないことを、話せる相手ができるとは思わなかった。
「でも、安心しました。ディーノ様も契約通りに動くのなら、難しい部分がクリアできます」
「難しい部分?」
「『ヒロインの魅力でメインと周囲を虜』だなんて、私にさせようというのだから狂気の沙汰ですよね。多少のヒロイン補正は確認できましたが、正直不安でしたから」
「そうなの?」
「だって、クラリッサ様を見てください。紫紺の髪に翡翠の瞳の、どこからどう見ても麗しのヒロイン……違う、悪役令嬢じゃないですか。ヒロイン補正があっても、私の見てくれは変わらないんですから、上手くいくか心配ですよ」
ヒロイン補正で急に外見が変わったら、それはそれで嫌だが。
「確かにクラリッサは迫力美人だけど。こういうのは好みだろう? ニーナも可愛いよ」
そう言って微笑むディーノが眩しい。
「メインの補正を確認しました。安心してください、恐ろしい攻撃力です」
「それは良かった」
ニーナの報告に、麗しの王子は声を上げて笑った。
「こんばんは」
「エド! 久しぶりね」
窓辺に現れた白猫は、今日も美しい毛並みだ。
ニーナは思わず抱え上げて、ふと動きを止める。
「そうだ、事前報告よね。……エドのお腹に顔をうずめてモフモフした後、首の後ろの皮膚がどこまで伸びるのか、つまんでみたいわ」
白猫は金と青のオッドアイでニーナを見つめると、猫らしからぬ仕草でため息をついた。
「……どうぞ。ご自由に」
「ありがとう」
一通りエドの毛並みを堪能すると、机の上に戻す。
本当は抱っこして撫でていたいのだが、それは拒否されたので仕方ない。
「……それで、ヒロインの調子はいかがですか?」
「うん。メインの王子と仲良くなったわ」
「ディーノとですか」
「彼も契約者だったのね。ディーノ様が言っていた神の使いの猫って、エドのこと?」
「……はい」
では、エドが脅したのか。
内容からして、ディーノの思考をよく理解している脅し文句だ。
さすがは神の使い、そのあたりもちゃんとわかっているのだろう。
「お互い契約者だとわかって利害は一致しているし、共通の話題もあって。よくお話しているの」
あれ以来、ディーノは米の話をするためにニーナを待っているほどだ。
どれだけジャポニカ米が食べたいのだろう。
悲願が達成された暁には、是非ともおこぼれにあずかりたい。
「……でも、ざまぁされたら、私はどうなるのかわからないか」
「何ですか?」
「ううん、何でもない。ディーノ様は美少年で目の保養だし、優しいし、良かったわ」
「そう、ですか」
「あ、次はもう一回お腹に顔をうずめた後、手根球をつんつんしたい」
「……どうぞ」
許可をもらったニーナは意気揚々とお腹に顔をうずめる。
「……ちょっと、面白くないですね」
白猫がぽつりとこぼした言葉は、モフモフに夢中のニーナには届かなかった。
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