7 モフモフは癒しです

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7 モフモフは癒しです

 ニーナはレストランの給仕のバイトをしている。  それなりに長く続けているし、アイーダの体調で急な休みをとっても理解してくれる、ありがたい職場だ。  学園に通うようになったために数を減らしてはいたが、それでもバイト自体は続けていた。  だが、ここのところ同僚の男性達から、やたらと絡まれるようになった。  以前は病気の母親のためにバイトを頑張る子という扱いだったのに、急に女の子扱いに変わってしまったのだ。  まさかヒロイン補正が、悪役令嬢もいない学園の外にまで効くとは。  気の良いお兄さんや可愛い弟分だったはずの同僚が距離を詰めようとするのがわかり、ニーナの気持ちは一気に遠のいた。  学園に引き続きこれでは、本当に男性不信になりそうである。 「……辞めようかな」  休憩室でニーナが思わず呟くと、同僚の女の子が笑って肩をたたいてきた。 「頑張れ。確かにニーナは最近可愛くなってきたから、仕方ないよ」  最近可愛くなったのではなくて、ヒロイン補正を手に入れただけだ。  しかも、要らぬところにまで発揮されている。  学園はざまぁのために必要だから仕方ないとしても、それ以外はなりを潜めてほしい。  生活に支障が出る。 「……エドに頼んでみよう」 「え? 何、彼氏?」  同僚の顔が一気に明るくなる。  どうして女の子はそういう話が好きなのだろう。  ニーナはバイトに忙しかったせいもあり、その手のことには縁がないし、興味もあまりなかった。 「違うわ、猫よ。真っ白な猫」 「なんだ。ニーナの猫バカの話ね」  そう言って、カップに水を入れて飲み干す。 「猫バカと言えば。猫のお腹に顔をうずめるって話、最初はあいつら引いていたの。なのに、ニーナが可愛くなったら、それも良いとか言い出してるのよ。男って単純ね」 「……猫のお腹に顔をうずめるのは、おかしいの?」 「おかしいというか。猫バカ以外からすると想定外の行動なんじゃない?」 「そうなのね」  ニーナはもちろんアイーダも猫好きで、猫を愛でるのが人生の基本と教えられていたから、気付かなかった。  では、エドがやたらと慌てていたり事前報告を要求するのは、そういうことか。 「エドに、謝らないと」 「猫に? 猫なら嫌だったら引っ掻いてでも逃げるから、大丈夫じゃない?」 「そうね……」  だが、神の使いの猫だし、妙に人間臭い仕草もするし、ニーナの横暴にも我慢しているのかもしれない。  そう考えると、何だか申し訳なくなってきた。  ニーナは立ち上がると、鞄を掴む。 「今日はもう終わりだし、帰るわ。またね」 「うん。またニーナに会えるのを楽しみにしてるわね」 「……うん?」  首を傾げながら、休憩室を出る。  これは、ヒロイン補正が女性にも効いているのだろうか。  男性よりはましだが、何だかちょっと変な感じがする。 「どうせなら、野良猫に効けば良いのにな……」  ニーナはため息をつくと、家路を急いだ。 「こんばんは」 「エド。いらっしゃい」  いつも通り窓辺に現れた白猫に挨拶すると、ニーナはじっと黙る。  本当なら抱きしめて、撫でまわして、お腹に顔をうずめたい。  だが、バイト先での話を考えるとエドだって迷惑なのだろうから、少しは控えた方が良いだろう。  それと、謝罪も必要な気がする。  そうは思っても、何だか切ない。  ニーナは知らず、ため息をついていた。 「……どうかしたんですか、ニーナ」 「え? 何が?」 「何だか元気がないようなので」  さすがは神の使いだけあって、鋭い。  やはりこういうことは、さっさと済ませた方が良い。  ニーナはエドに頭を下げた。 「心ゆくまで撫でまわして、お腹に顔をうずめてごめんなさい。もうしない……方向で頑張るわ」  しない、と断言できないところが猫バカの切ないところだ。  だが、エドは首を傾げてこちらを見ている。 「どうしたんですか、急に」 「今日、バイト先で猫のお腹に顔をうずめるのは引くって言われたの。エドも嫌だったのに無理矢理していたなら、申し訳ないなと思って」 「……それで、もうしない方向、ですか」 「す、少しだけ。背中だけでも撫でさせてもらえれば、我慢するから。学園以外でもヒロイン補正が効いていて、絡まれて疲れるの。少しだけでも癒しをちょうだい」 「絡まれる、というのは?」 「え? ああ、学園と大体一緒よ。手伝おうとか、あれが似合うだの似合わないだの、内容のない話。あとは、手を握ってくるくらいなら良いんだけど、肩を抱くのは正直勘弁してほしいのよね」  ゆらゆら揺れていた白猫の尻尾が、ぴたりと動きを止めた。 「ヒロイン補正って、学園の中だけにできないのかしら」 「……わかりませんが、すぐに掛け合います。少なくとも、過度な接触は絶対に控えるよう要求します」 「本当? ありがとう、エド」  思わず抱きしめそうになり、慌てて腕を引っ込める。  身についた習性というものは、なかなか直らないものだ。 「……別に、良いですよ」 「え?」  何を言われたのかわからずエドを見てみると、顔を背けながら尻尾を揺らしている。 「良いって、何が?」 「だから。……別に、嫌がってはいないので、構わないですよ」 「……抱っこ、して良いの?」 「はい」 「な、なでなでは?」 「良いですよ」 「お腹に顔……」 「別に、ニーナなら何でも良いですよ」 「ありがとう!」  お礼を言いながら、すぐさま白猫を抱きしめる。  後頭部に頬ずりしながら至福の感触を楽しむと、思わず幸福のため息がこぼれる。 「何てサービスが良いのかしら。さすがは、神の使いよね」 「……癒されましたか?」 「え?」 「だから。絡まれて疲れている、と言っていたので……」  もしかして、ニーナの癒しのために承諾してくれたのだろうか。 「エドって、優しい。もう、お腹をモフモフしちゃう」  お腹にうずめていた顔を上げると、何だか照れているような気まずそうなエドの顔がある。  本当に、人間臭い神の使いだ。
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