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視線
荒れ果てた新宿の街。
言語を失い、広告はただの色と記号の集合となった。
足元に散らばる雑誌や新聞も、今では紙でしかない。
新宿のビル群は、ほとんどが蛻の殻となった。
言葉を遣う仕事はなくなり、ゴーストタウンと化した街を歩く男がいる。
男は、身を隠すようにして大判の布を顔の周りに巻いていた。
この一帯では、小チームを形成して食糧を確保したり、追い剥ぎが横行しており、限られた人間しか出入りをしない。
顔が割れてしまうと何かと動きづらくなるのだ。
言葉のやり取りが消失して、人は目を合わせることを避けるようになった。
目から得られる情報は多い。
瞳そのものに宿る意思は、敵意として受け取られ、視線は周囲の情報をあまりに雄弁に語る。
表情や視線を読み取られまいと、街に出る人間は目元を隠すようになった。
旧新宿駅東南口周辺は、地上階と二階とでエリアが分けられており、男は地上階に降りていった。
地上は少し開けた広場があり、かつては待ち合わせ場所としても使われていたであろう中心地は、火を起こしたあとがあり、周囲にはタンパク質を燃やした臭いが漂っていた。
男は路地へ入り、駅前から遠のいてゆく。
駅前から離れていく程に人の出が増える。まだ区画の整備されていない区域では、食糧や仲間を集めるために人が行き来する姿をよく見かける。
旧新宿三丁目近辺は、店を母体とした集団がいくつか形成されており、
男はその集団の一つ、情報屋を探していた。
情報屋は、その駅ごとに存在すると言われており、記号や絵を用いて周辺の情報を提供していた。
ビル街を抜け、背の低い雑居ビルが集まる区画に入った。
建物の中からは、外の様子を伺う視線が放射状に伸びており、不気味だった。
男は雑居ビルの一つ、角地にある柵に囲われた建物に入る。
地上に口を開け、地下へと誘う階段は螺旋状になっていて奥が見えない。
階段を降りると扉があり、扉の奥には更に空間が広がっているようだった。
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