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そこにはマグロがいた。
まごうことなきマグロだ。
体長1.5mはあるのではないかというくらいに、大きな身体をくねくねさせていた。
胸びれをぺしぺしと叩いた。
背びれの近くに、モリが刺さっていた。
傷口からは、血が滴っていた。
「あ、えと、血?血?」
青志は動揺しながらも、控えめに質問した。
「抜いて、いただけませんか」
マグロは苦痛そうな声を上げた。
その声とは裏腹に、無表情だ。
ぎょろりと大きな目に、青志の姿が映っていた。
「いきますよ?1、2、3っ」
青志は生まれてこの方、モリに初めて触れた。
少々力に任せ過ぎたのか。
「ああああああああ、くぅー、これがいいい」
ガラスを破るような悲鳴の後、マグロは余韻に浸った。
胸びれをパタパタと、小刻みに動かした。
「大丈夫ですか?」
モリを握りしめて、青志が恐る恐るマグロに問いかけた。
いやいや、おかげさまで、と言って口をぱくぱくさせた。
「⁉︎い、いま何時ですか?」
急にはマグロの表情は変わらない。
ただ、声色が変わったのは青志にもよくわかった。
「5:49ですけど」
「やっば、競りだ。忘れてた」
マグロは顔を真っ青にして、回れ右した。
「送りましょうか?」
青志が気を利かせた。
「あ、いえいえ。そんな気を遣ってもらわなくても。泳いで20分のところですから」
マグロは背を向けた青志に向けて、尾びれを振った。
地を泳ぐかのように、くねくねしてマグロの姿が遠のいていった。
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