青魚

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カニだ。 泡をブクブクさせて、まるで威嚇しているようだった。 「オラァ」 しかも結構オラつくタイプらしい。 「オラァ、オラァ、オラァ」 割と大きめの個体だった。 ハサミを開いたり、閉じたりしながら、扉の隙間から侵入しようとしてきた。 「オラァ、オラァ、オラァ」 カチャ 何かが、扉にぶつかった。 カニの武器だった。 カニは右のハサミに、刃渡り2〜30センチはあろう包丁を挟んでいた。 「おいおいおい、銃刀法に引っかかるぞ」 青志は薄っぺらい知識を振り絞り、一応注意だけした。 「オラァ、オラァ、別にどうなっだっでええだよ。オラァにはもう、夢も希望もねえだよ」 かちゃん、という包丁が地に落ちる音が寂しげに響いた。 「オラァ、おっかあもバカ息子も出ていっぢまっでよお、もおなんだが嫌で嫌で仕方がねえんだ」 カニは顔を下げて、口から小さく泡を吐いていた。 「ま、まあ、そう言うこともあるよ。俺なんか、俺なんか?」 青志は止まった。 俺なんか、なんだ? 妻は?子供は? 子育てパスポートを持っているってことは、子供はいる? じゃあ誰? 「あんちゃん、どうしたんけ?」 カニの濁った目が、青志に向けられた。 「い、いや、あ、あああ、ああ」 青志は頭を抱えた。 これまでにないほどの頭痛が、襲ってきた。 今にも流血するのではないか、そんな錯覚を抱くほどだった。
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