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13話 宮島邸にて
腰が抜けてしまった私を背負い、西尾くんは宮島邸まで歩いていくれたのだが、宮島さんのテンパリ具合がひどい。大嫌いな黒い虫を見つけたときよりひどい。
「え、どうしたらいい? 何があったの!? 救急車? え!? どうしたらいい!? 何があったの……?」
縁側におろされたものの、うまく話せない私にかわり、西尾くんが大雑把に言い切った。
「学校のやつに、襲われてた。あ、未遂」
宮島さんは、一瞬卒倒しかけたが、私が親指を立てて見せると、ぐっと表情をひきしめなおす。
宮島さんはすぐに私の肩を支えると、いつものコタツへササッと座らせ、次々に猫を放り込みはじめた。
これでもかと猫が総動員された部屋は、ちょっと、野生の香りがする。ところどころケンカもしてる。
「これで、よしっ! 今、あったかい飲み物、作ってくるから! 澪ちゃんのお母さんにも、あたしから電話しとくわね!」
保護猫を我が家に譲渡してもらったことで、母とのつながりがある。まだどうにも話せないので、ありがたい。
体の震えが落ち着き、ココアを飲んだことで、じんわりと体の強ばりがとれていく。
それと同じくして、少しずつ、怒りが沸いてきた。
落ち着いてきた反動のようだ。
──次期、生徒会長!
とまで揶揄され、文化祭を仕切り、動いていた谷村くん。
私はサポート側だったが、彼のことは、尊敬して見ていた。
そんな彼が、衝動的に人に襲いかかってくるなんて……!
しまいには逃げ出すなんて、責任のカケラもないじゃないか!!!!!
ひどく、憎く、思えてくる──
「……やっぱ、警察に言うべきだよね」
「じゃね?」
激しく猫まみれの西尾くんは、幸せそうに猫を撫でながら、かりん糖を頬張り頷いてくれるが、説得力が足りない。
チャイムが鳴った。
宮島さんの声が玄関先で聞こえる。
……母だ。
「大丈夫、澪?」
涙目の母がいる。
どう話していいのだろう。
戸惑う私の肩をさすりながら───
「警察? 警察なんてとんでもない! 怪我とかしてないんでしょ? 向こうも高校生だし」
これだ。
事なかれ主義だ……
わかっていた。
……はずなのに、すごく、痛い。
痛い。
痛いのに、痛む場所がわからない。
さぁ、帰ろう?
そう言って、腕を持ち上げる母の手が、谷村くんと同じ手に見えてくる───
振り上げかけた手が、西尾くんに握られた。
「おばさん、オレ、えー、澪、さん? を、ウチまで、送るんで」
驚き固まる私だけど、母の顔は訝しげだ。
むしろ、嫌悪すらある。
そりゃ、ピアスだらけのツーブロック男子だ。
犯人に見えなくもない。
「あ、うちの孫。ちょっとやんちゃだけど、いい子なの。任せておいて!」
宮島さんはそう言って、母を部屋からうまく連れ出してくれた。
西尾くんが、まだ握ってくれている。
手が、震えているからだ。
これは何の震えだろう……
「……ありがと、西尾くん」
「別に」
そっぽを向いたと同時に、握っていた手が離れていく。
私は肺に溜まった空気を入れ替えるように呼吸をして、もう一度声を出す。
「……谷村くんからも、母からも、ありがと」
「いいって」
胸がつまる気持ちをなんとか抑え込んだとき、
「つーか、あいつ、谷村っつーの?」
いきなりの食いつきに驚くが、さらに目つきが険しくなる。
「アイツと谷村って、グル?」
「……あいつって?」
「あの、れーなんとか。アイツさ、『澪は、谷村と付き合うことになった』とか急に言い出して。だから、わたしと付き合えとか言ってきて、イミフ過ぎじゃね?」
「……なに、それ……」
「つか、文化祭のころから、その谷村が? お前のこと気になってたらしーじゃん。今頃一緒に帰ってるとか抜かしてたけど、結局、お前、ひでーめあってるし。もうさ、アイツら、グルなんじゃねーの? それなら、ツイッターってヤツで、晒してやろうぜ?」
あーーー、まじかよ。
声にならない。
本当に噛んでたのか、麗愛菜が……。
あのDMは、谷村だったんだ。
そして、それを仕組んだのも麗愛菜……。
いや、どっちが先かはわからないけれど、面白がって話を大げさに伝えたり、指図したのは、間違いなく麗愛菜だ。
「……もう、やだ……」
泣けてきた。
なんで私ばかりこんな目に遭うんだろ……。
そんなに私、なんか悪いことしたかな。
テーブルに突っ伏した私の頭を、西尾くんが大きな手で、ポンポンとなでだした。
肘の隙間から西尾くんの顔が見える。
泣きそうな顔が優しくて、春の日差しみたい。
私は、今だけは猫になろうと、こたつの中で膝を抱え込んだ。
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