2話 チュールと、テスト勉強

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2話 チュールと、テスト勉強

 鼻ピと眉ピ、耳も結構な穴が空いている彼・西尾勇磨は、喧嘩が絶えず、停学の数も半端ない。  でも、悪なイケメンは、少女マンガでも、リアルでも人気があるもの。  彼がクラスにいる日は、女子が化粧直しに行く回数が増えるのを、私は知ってる。 「み、見んなよ!」  そんな彼がしゃがみこんで、大きな両手で顔を隠した。 「……えっと、あ!」  私はそのリアクションにテンパりすぎて、彼の前にしゃがんで差し出した。 「……えっと、はい、新入りさんに、チュール……あ、はい」  チュールの口をちぎって差し出すと、 「猫じゃねーし!」  顔真っ赤。耳まで真っ赤。  でも、受け取るんだ。  キッと睨んでくるけど、なにこれ。  なにこれ……!  人馴れしてない、猫ちゃんに出会った気分……!!!  手懐けたくて、うずうずしはじめた私がいる。 「じゃあ、虎太にあげてくれる?」 「じゃあってなんだよ」 「いいから。新入り連れてきたらご褒美にチュールあげることにしてて。偉かったねー、虎太ー」  虎太の額をなでると、ぐーんと顎をそりあげた。  もっとなでろと言っている。  私は顎から頬をなでてやっていると、西尾くんがそっとチュールを差し出した。  虎太はすぐに気づき、べろべろと食べはじめた。  あいかわず、白目を向いて食べている。 「……ブサイクだな、こいつ」 「そこがかわいいじゃん。虎太はチキン味が好きなんだよ」 「……へぇー」 「見た目より、西尾くんって、いい人なんだね」 「……はぁ?」  ドスの効いたしゃがれた声が響くが、宮島さんはまた笑う。 「虎太が連れてくる子は、いい子って決まってるから」  紙コップに入ったココアを手渡される。  湯気を吹く私をみて、宮島さんが続ける。 「虎太に連れてこられたの、この子も、だから」  私はマフラーに顔をぐっと沈めたけれど、頬が赤いのは隠せていないと思う。  ……そう、6月の、たまたま暑い日。  私は友だち関係に悩んでいて、途方にただただ暮れていた。  この近くにある土手で、1人、ぼーっとしてたときだ。  泣けてきてしかたがなくって、どうしていいかわからなくって……  そんなとき、スリスリしながら寄ってきたのが、虎太だった─── 「あたしはここの敷地のオーナー。保護猫活動している宮島っていうの。君は?」 「……西尾」 「そ、西尾くんね。よろしくね」  宮島さんはそれだけ言って、また縁側に戻っていった。  虎太はまだチュールが食べたいのか、西尾くんのスニーカーにごろごろと擦りついている。  西尾くんは虎太をなでながら、ココアをすすり、目を細めた。 「……お前も、虎太に連れてこられたんだ」 「うん。猫の集会やってると思って……」 「お前もかよ……」 「西尾くんも!?」 「うるせぇな」 「……いや、驚くじゃん。そんなに猫好きだったんだ」 「悪いかよ」 「悪くない」  西尾くんが顔を上げた。 「悪くない」  私はもう一度繰り返す。  猫好きは、いい人だ。  私はそう信じたい。  ふと腕時計を見ると、17時を回っている。 「さ、帰ってテスト勉強しないと」 「勉強?」 「2週間後、期末テストじゃん」 「別にオレ、関係ねーし」 「え? 天才系だったの、西尾くん」 「なわけあるか! 次、赤点とったら、退学。10回も停学食らってるからな。どーせ、今からやっても赤点だし、あと2ヶ月くらい? ブラブラしよーかなって」 「にゃーーーんーーーーー!!!!」  これは虎太が私へ要求している時の声だ。  水がほしい、や、ご飯が足りないなど。  だが、これはどういう要求だ? 「虎太、そんなにこすったら、俺のシューズ、毛まみれなるだろ?」  なのに、虎太が上目遣いで私を見てくる……。  もう一度、大きく鳴いた虎太の真意に、私は、気づいてしまった。 「……虎太、もしかして、西尾くんの面倒みろって……?」  思わず西尾くんと目が合う。  虎太は西尾くんのシューズに顔をこすり続けている。  私は腕を組んで一度立ち上がり、空を仰いだ。  冷たい灰色の雲が流れている。  私はセーラー服の襟をただし、覚悟を決めると、西尾くんに向き合った。 「……やるぞ!」 「なにを、やんだよ、あぁ?」 「先輩からお願いされちゃしょうがないからね。西尾くん、私が、勉強をみます!」 「お前バカか?」 「なんで?」 「お前の評価、落ちるぞ?」 「どういうこと?」  釈然としない私に、宮島さんが声をかけてくる。 「2人でいるのが見られたらマズイってことでしょ? なら、ここで勉強すればいいじゃない。猫もいるし、いいんじゃない?」  宮島さんの言葉には重さがある。  もうこれで決定ね。そう、告げられた気がした。
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