3話 猫と、テスト勉強

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3話 猫と、テスト勉強

「縁側のそばの部屋を解放してあげる。そこで、勉強しなさい」  お菓子と、お茶もつけるわ。続けた宮島さんだけど、笑顔が怖い。  どういう意図があるのかわからないが、私としては復習ができるのはありがたいので、改めてお願いすることにした。 「じゃあ、宮島さん、お願いします」 「勝手に決めてんじゃねぇよ」 「じゃ、聞くけど、今年の4月、別の高校1年生になれる、西尾くん?」 「ならねーな」 「即答……。じゃ、高校2年生を、いっしょに目指そー! おー!」  虎太を抱っこして、虎太の右手を上げて見せるけど、西尾くんからは全くやる気が伺えない。  でも、私がいっしょにやろうなんて、不思議な気分だ。  いつもなら、「あなたがそう言うなら、それがいいと思う」って答えていた気もする。  私を見上げて、大きなあくびをした虎太に感謝だ。 「じゃ、明日、3時に、ここに集合ね、西尾くん」 「……あぁ?」 「虎太もいっしょに勉強するって」  私から降りた虎太が、西尾くんの足首に顔を擦り付けて、甘えた声で鳴いている。  その姿にほだされたのか、顔が弛んだ西尾くんだけど、言いづらそうに口を開く。 「……わ、わかったけど」 「なに?」 「オレ、マジで、バカだから」  その顔が、どこか寂しく見えたのはどうしてだろう。  ───翌日の学校にて。  西尾くんの姿が、……あった! 「おはよ、西尾くん」 「挨拶すんじゃねぇ、チビ」  面白い。  実に面白い。  反応が、いい!!!  ゲージごしの人嫌いな猫に、指を差し出した感、満・載!  授業のためにとノートを確認はじめたとき、麗愛菜(れおな)が駆け寄ってきた。 「おはよ、澪ぉー。今日のさ、1限の数学やってる?」 「あ、うん。まあ」 「写させて!」 「……うん」  ここで断ることもできるし、やっていないと嘘をつくこともできると思う。  でも私はいいよって嫌なのに言ってしまう。  断ることで、わだかまりができるのがいやだから。  これでスムーズにすむなら、私はこのやりとりでいいと思う。  いつも通りの授業をこなし、昼休みは友だちとお弁当を広げる。  会話はK–POPアイドルの誰がかっこいいとか、ドラマは何を見てるとか、YouTubeの話などなど……  私がついていけるのは、アイドルの名前と俳優の名前まで。  曲は聞かないし、ドラマも見ていない。YouTubeはホラーゲーム実況ばっかり見ているので、これも話が合わない。 「ね、澪は誰が好き?」 「え、あー、ヒチョルくんが好きかな」 「へぇ。そっち系なんだぁ」  そっち系ってなんだよ。どっち系だよ。  でも、こうやって話を合わせていれば、ここにいられる。  座っていられるんだ。  でも、どこか心は暗く沈んでいる。  放課後になり、勉強いやだねーと言いながら学校を去った私は、速攻で宮島さんの家へと向かう。  縁側から声をかけると、宮島さんが「はいはい」と顔を出した。 「もう来てるわよ、西尾くん」  腕時計を見ると、14時50分。  やるな、西尾! 「ごめんね、西尾くん。待たせちゃったね」  ローファーを脱ぎ揃えて、部屋に上がると、私は見てはいけないものを見てしまった。 「……ば! 見るなっ!」  彼が焦るのも無理はない。  ちょっと太めの黒猫、ソラさんのお腹をたぷたぷしながら嗅いでいたのだ……。  さらには、サビ猫親子も彼に猛烈に懐いているようで、子猫は膝のなかや、肩に。親猫は腰のあたりに寄り添ってる。  他にも常駐しているロシアンブルーのシアンが背中にまとわりついているし、長毛の茶色猫のチロも、西尾くんにべったり。  しまいには…… 「虎太まで、部屋にいる! ……あんた、頑なに部屋に入りたがらなかったじゃん」 「西尾くん、猫に懐かれる才能があるのね。すごいわー」  熱いお茶をテーブルに置きながら、コタツの電源を確認する宮島さんだが、私もこれほどに懐かれている人は初めて見る気がする。 「どう? ソラさん、たるんとして気持ちいいでしょ」 「……うん」  一生懸命顔をひきしめてるけど、ほんのりゆるんでる西尾くんに、私は笑わないよう気をつけながら、コタツに足を入れた。 「あったかーい……あ、ミケちゃんママいる」  ひと通り猫をまさぐってから、私は白紙のノートを広げる。 「西尾くん、得意科目とかってある?」 「あぁ?」 「聞いてるんだけど」  虎太を抱え直した西尾くんはうつむきながら、ボソボソと繋げる。 「国語と、英語は、なんとか……できる、かな」 「国語と英語は得意、ね。……他には?」 「数学も、少し。つか、オレ、学校に出てない分の補習ができてねーから、マジ、ボロボロ」 「逆に聞くけど、なんでそんなに停学食らってるの?」 「オレが知りてーよ。目つき悪いってだけで、ケンカふっかけられてるからじゃね? で、負けた腹いせにチクリ」 「うわ。相手、ちょーダサい」 「マジ割にあわねぇけど、16年、このツラのせいでそんな目にあってるから、しゃーない」 「西尾くん、イケメンだから、イヤミでケンカ吹っかけられてんじゃない?」 「……あぁ?」  メンチは切られたけれど、ちょっと頬が赤くも見える。  少し冷めたお茶をすすりながら、私は英語の教科書を開いた。 「得意な科目を先に復習して、苦手な科目をしっかり毎日やっていこう!」  そう始めた英語だったが─── 「お前の発音、ここおかしいわ」 「………そんな発音、できないし」  なんと彼は、トリリンガル……!  なに、この、スキル……!!!!  実は日本語の他に、英語、フランス語が話せるそう。  たまたま隣人のおじさんがフランス人で、幼少の頃から、英語とフランス語を学んだという経緯が!  ちなみに、今でも親交があり、今でも発音にはうるさいらしい。 「西尾くん、この例文、見て。こっちの文法で」 「は? こっちで通じるじゃん」 「テストは、通じる通じないではなく、教えたものが使えているか、いないか。そこだけ」 「偉そうに……」  大きな舌打ちが聞こえたが、私は無視する。  だが、文法の定義を伝えるだけで、みるみる上達。単語はほぼスペル間違いなし! 「西尾くん、すごいねぇ……海外行ったことある?」 「うん、まぁ……」 「いいなー。西尾くんなら、どこでも平気だね」 「いや無理。オレ、度胸ないし」 「ケンカばっかしてんのに?」 「海外とケンカは違うって」  そう言って西尾くんが笑った。  彼の目が私に向かって細くなる。  ……心が、キュっと鳴く。 「……よし! 大まかに復習できたから、国語やっちゃおっかぁ」  大きく咳払いをして教科書を切り替えた私だけど、まだ、なんか、ドキドキしてる。いや、気のせいだ。  私は冷めたお茶を飲み込んだ。
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