5話 放課後

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5話 放課後

 私は少し遅れて宮島さんの家に行った。  理由はある。 「西尾くん、ごめん。遅れた。お詫びの品、あるから!」 「お前、来週からだぞ、テスト。間に合うのかよ」 「西尾くんがそれ言わないでよ」  何故だろう。  急に、目に浮かんでくる。 『テストあけに、バレンタインにかこつけて、西尾に告りたいんだ! だからチョコ買うの、手伝ってよ』  連れてこられたのは、デパートの地下に広がったチョコレートショップの山。そこから麗愛菜は、西尾くんに似合うチョコを探していくようだ。  ……来週からテストが始まるが、思えば火曜日がバレンタインだ。  そんなことすら忘れていたズボラな私だが、つくづく女子というものは、イベントが好きだと思う。 「ね、西尾って、どんなのが好き?」 「……なんで私に聞くの?」 「最近、挨拶とかしてたじゃん。話もしてるでしょ? ね、連絡先とか知らない?」 「知らない」  即答していた。  なんだろう。  胸がザワザワする。  本当は西尾くんのこと、教えたい。  でも、教えたく、……ない。  ……でも、彼がトリリンガルで、猫が好きで、抹茶味のお菓子が好きなことも、私は知ってる。  塩っぱいより、甘めのお菓子が好きなのも知ってる。  アクセサリーはシルバー925に決めてるってのも知ってる。今、ピンキーリングのオーダーメイドを頼もうと思ってることも、知ってる。  けど…… 「西尾ってさー、ビターのチョコがいいかな。あんまし、甘いのって、苦手っぽくない?」 「……そうかも。でも、ミルク味系、好きだと思うよ」 「やっぱ、知ってんじゃん」 「……たまたま、ね」  私は嘘とまで言えない程度に答えつつ、彼女について歩いていく。  宇治抹茶のチョコレートを見つけた。  そこは老舗らしく、抹茶のこだわりと、クランチも入っているみたいで、食感も楽しそうだ。 「え? 抹茶味?」 「ち、父が好きだから」 「あー、パパの分もいるかぁ」  彼女はブツブツ言いつつ、ビターチョコメインのシックなチョコと、本当に適当に選びもしないで手に取ったチョコを彼女は買うと、 「澪じゃ、あんまし参考になんなかったなー」 「……ごめん」 「でも、まーいいや! チョコなんて、告白のオマケみたいなもんだし」  1階に着くと香水売り場に別な友だちたちがいる。 「じゃ、澪、またね!」 「……うん。またね」  私はその足でもう一度、売り場へ戻った。  さっき見つけた宇治抹茶チョコの売り場で、大袋に入ったチョコの端っこを購入し、宮島さんの家に来たのだった── 「安売りしてて、買っちゃった。もうすぐバレンタインだし、ひと足先に。貰えないでしょ、どーせ」 「うるせー。お! 抹茶味。わかってんじゃん、お前」 「あら、澪ちゃん、コーヒーにしちゃったけど、お茶にする?」 「チョコだからコーヒーでも大丈夫っしょ、な?」  西尾くんは嬉しそうに、私が持ってきた大袋を開けて、さっそく頬張った。 「抹茶、濃厚! うわ! 風味いいじゃん……。これ、結構いいやつじゃね?」 「たまたま見つけたから、わかんない。でも、それ食べたんだから、今日はちょっと頑張るからね」 「へいへい」  相変わらず猫まみれの西尾くんだが、ここだとよく話してくれるようになりました!  いい感じ!!!  勉強がはかどりますっ!  私は猫を充電してから勉強しようと、虎太をもふもふしていると、コーヒーをすする西尾くんの目と合った。 「お前さ、なんで、嫌なこと嫌っていわねーの?」 「なにが」  チョコを美味しそうに頬張り、肩に上った仔猫をおろしながら、西尾くんは続ける。 「クラスの女子。特にあの、れーなんとかっていう、派手目のヤツ。アイツに、なんか弱みでも握られてんの?」 「なわけ……ない、でしょ」  そんなことはない。  ないのに、私は断らない。  いや、断れないんだ……。 「お前のことだから、オレには関係ねーけど」  関係ないなら言わないでよ。  喉の奥で言葉が渋滞する。  宮島さんは、2杯目のコーヒーを入れに、コタツから立ち上がった。
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