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6話 追い込み
歴史は山をはりつつ、化学の範囲もそれなりに広いため、出そうなポイントを抽出していく。
他の教科も、私がまとめたものを西尾くんに伝え、私は復習し、西尾くんは学習を繰り返すことになった。
目指すは、脱・赤点!
高得点なんて目指さない!!!
最低ラインの30点を超えることが目標だ。
そうやって火曜日、水曜日……そして、現在、金曜日───
「おはよ、西尾くん」
「おう」
もう、しっかり挨拶できるようになっていた。
素晴らしいっ!
人馴れすれば、こんなに素直なDQNなのだ!
「おはよー、西尾」
麗愛菜だ。
その声には丸無視。
……やっぱり来た。
「ちょっと、なんで、澪だけ挨拶するわけ? なんなの、マジ」
「いや、別に。毎日声かけた成果、じゃ、ないかな……」
「ちょっと西尾に、あたしのことアピっておいてよ」
「……うん」
「ちゃんとやって? じゃないと、もうグループ、いれないし」
男が絡むとそんなところまで脅してくるのか。
「じゃあさ、麗愛菜のアピールポイントは?」
「えー? 料理できるから家庭的でぇ、友だち思いーって感じ、あと、おしゃれでカワイイ、かな」
「わかった。……あの、この前できた彼氏は?」
「あれ? もうとっくに別れたし。感性が合わないっていうか。あたし、年上より、おないがよくって、でも大人っぽい感じがいいかなって。それに、イケメンしょ、西尾」
「そうだね……」
他の友だちも、麗愛菜の言葉には逆らえない。
目立つグループにいることは、自分のステータスになるからだ。
「がんばれ、澪ー」
肩を叩いてくるけれど、他人事だ。
自分の問題じゃないから。
私は自分の手帳に麗愛菜の言葉を書き込んでおく。
やっているぞ、というアピールだ。
しかしながら、正直、そんなものよりも、テスト勉強が最優先です。
今日の授業もテスト範囲になる可能性があるのだから、ノートはしっかりまとめないといけない。
……いけない、か。
口のなかで繰り返す。
みんなが円滑に過ごせれば自分なんて。って思っていたのに、少しだけ意識が変わった気がする。
人のために、何かをしてはきたけど、率先して何かをしようなんて、初めてかもしれない。
「がんばります」
私が囁いた言葉に、麗愛菜は満足そうに頷いた。
だけど、そっちじゃない。
ホームルームが終わり、教室からでたところで、肩を掴まれた。
「澪、ノート貸してよぉ」
麗愛菜だ。
他の友だちもにやにやと手を出し、待っている。
「ノートまとめてたじゃん。友だちでしょ?」
中間のときも貸したけれど、結局返ってこなくて、苦労した記憶が蘇る。
なんとか大台の点数だったが、彼らは余裕だったようだ。私のノートのおかげで。
それを今回も、ということみたいだが、
「貸せない」
なぜ驚くのだろう?
あまりに滑稽な顔に、私は笑いそうになるのをぐっとこらえる。
「澪、なんで? 友だちじゃん? 貸してよ」
「無理。前、返ってこなかったし」
「えー? 友だち、見捨てるの?」
嫌な圧のかけ方。
なら、こっちも。
「なら、西尾くんの件、手伝わないよ?」
「……はぁ? それとこれ、違うじゃん! ありえないんだけど!」
「そう、かな?」
「マジムカつく。もう、澪のこと、ハブる!」
「そう」
私が焦りも何もしないことに、向こうが焦り始めている。不思議に見えるけど、いつもなら愛想笑いで言う事をきく私がいないからか。
……うん。もう、疲れたのかもしれない。
いや、西尾くんとのやり取りが、楽ちん過ぎたのかもしれない。
「澪、ちょっと、何その態度」
他の友だちも攻撃的になってきた。
「いや、別に……」
「あたしたちいなきゃ、澪なんてなんもできないじゃん」
それは違う。
私がいなかったら、なにも出来ないんじゃん。
「澪、ノートぐらいでさー! ……あー、めんどくさ! 貸せよ!」
よっぽど私のノートをアテにしていたようだ。
すごい力でカバンがむしりとられてしまった。
取り返そうとした私の頬横から腕が伸びる。
「これ、お前のだろ」
西尾くんだ。
ひょいっとカバンが手元に戻ってきた。
「……え、あ、」
「行くぞ、チビブス」
「え? ブスってよけいなんだけど!」
大股で歩き出した西尾くんは、私には小走りじゃないとついていけない。
ようやく生徒玄関で追いついたとき、西尾くんが鋭く睨む。
「お前さ、オレがお前のノートなきゃ、退学なんの、わかってんの? あぁ?」
「ごめ」
「……気をつけろ。クソチビ」
素直に、喜べない。
でも、彼なりの、フォローだ。
でも、ありがとうは言わない。
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