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人面犬のお説教
これは、あるホストのお話です。中学でも高校でも成績がふるわず、大学受験に失敗した青年は両親から働けと言われていました。どこの会社で面接を受けても落ちるばかり、それならバイトをしてフリーターかと考えていた時、同じ学校の卒業生がホストの仕事を紹介してくれました。
「ホストっていっても、俺、何もできないっすよ」
「大丈夫。教えてやるよ。お前、見た目はいいし、女子に優しかったじゃん。ルックスも大事だけど、優しいって大事なんだよ」
地味で目立たない服装の先輩は、派手なイメージのホスト像を思い切りぶち壊しました。知り合いが勤めてるということもあり、行くだけ行ってみるかと気軽にお店に向かいました。店長がいい人そうで、そこで働いている人たちも真面目な印象を受けました。ただ、服装は女子が喜びそうだなというファッションに身を固めています。未成年であることをあらかじめ告げて、お試しで働いてみることにしました。
「いや~。ホストって儲かるんっすね~」
19歳になったばかりの青年は酔っぱらった風に、深夜を越えて街のなかを先輩と歩きます。
「おまえ、もうこの時間帯に働くの禁止。いくら断れなかったからって、お酒はだめだろう」
「固いこと言わないでくださいよ。もう一年もすれば飲酒できるし、大学に行った奴らは飲んでるんすよ」
「それでもだめだ。誘うんじゃなかったよ。まったく」
「何言ってるんすか。俺が勤め始めてから、売上あがったでしょ?」
まあそうだけどなと苦笑いの先輩の隣で大笑いをする。中学・高校、見た目が良くても成績がふるわず、彼女ができてもすぐにダメになった。自分が馬鹿なのは自分のせいだが、大学に失敗しただけで人生崩れるなんて信じられなかった。
ホストの職は青年に合っていたようで、勤め始めてから早々にお客さんにかわいがられた。最初は、裏方に徹していたものの、店の先輩に教えてもらいながらお客さんの相手をする。高校卒業したばかりという触れ込みがきき、かわいい、弟みたい、元気にだねと気にしてくれるのだ。
「コンビニでバイトするより、どっかの会社に就職するよりずっといいじゃないすか」
このままホストで仕事を続けてていたら、どうなるんだろうと先の見えない将来を、勝手にあれこれ想像してバラ色の人生を描いていました。
「おまえ、あんまり調子に乗るなよな」
しばらく黙って青年の相手をしていた先輩がぽそりとつぶやきました。
「先輩?どうしたんすか?」
「お前に注目が集まっているのを、良く思わない連中もいるんだよ。なるべく目立たないよう控えめにした方がいいぞ」
青年には先輩の言っていることが分かりませんでした。お店の売り上げに貢献しているという自負が、青年の判断能力を鈍らせていたのかもしれません。とんとん拍子にお店になじみ、稼げるようになったのは誰のおかげなのか考えたことがありませんでした。
「まあ、いいや。この辺りが、お前の家だよな?一人で帰れるな?」
「あ、はい。ここまで送ってくれてありがとうございました」
お世話になった先輩に深々と頭を下げて、先輩が道路の先の角を曲がるのを見送ります。ひとっこひとり通らない道の真ん中で思い切り唾を吐き捨てました。
「みっともねえな。先輩の客が俺のところばっかり来るからって、あれじゃあ、男のひがみだよ。やだね~」
あれよあれよという間に人気ホストになった自分は天にも昇る心地でした。これからもこの調子が続くと信じて疑っていません。今の自分がどれほど嫌な表情をしているか教えてくれる人は誰もいませんでした。
「先輩は、ああ言ってるけど。ひとくちだけ飲むのはいいよな。ちょっとワルブってる感じがいいってウけるかも」
「おい、お前、いい加減にしろよ」
ぎょっとして振り向きます。もしかしたら、先輩が戻ってきたのかもと思うと気が気じゃありませんでした。ですが、振り返った先には誰もいません。自動車も自転車も猫も犬も鳥すらもいませんでした。
「気のせいか。酔ってるせいかな」
「気のせいじゃねえよ。下見ろよ。下。」
言われるままに足元に視線を向けて、自分を見上げてくる男の顔にぎょっとしました。
「あの店な。お前から見たらまともかもしれんが、相当やばいぞ。さっさと手を引いた方がいい」
それにホストもやめろと、近所のおじさんが子どもの悪戯を注意するような調子で話しかけてきました。小さくて白いボディ、短毛の種のようで触ればつややかな手ざわりが気持ちよさそう。短足であまりかわいいといえないが、人気のある犬種、ブルドックの姿をしていました。ただし、顔だけは人間の顔です。しかも、四十台を超えたおじさんの顔だと勝手に青年は判断しました。
「お前を誘った先輩もな、自分の店の内情に気づき始めたんだよ。一緒に辞められないか探ってる。だから、、、」
目の前で話し続ける犬の言葉をさえぎって、青年は叫び声をあげました。
「ぎゃー!食われるー!」
「俺は食わねえよ!ただの人面犬だよ。うっせえな!ちゃんと聞け!」
人面犬があれこれ言っても青年は一向に落ち着く気配がなく、ぎゃーぎゃーと叫び続けるだけです。どれだけ叫んでいたか分かりません。気づいたら青年は先輩に頬を叩かれていました。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ」
ぺしぺしと頬を叩かれて目を開けてみると、見慣れた先輩の顔がありました。青年はまた悲鳴をあげます。
「食われる!人面犬にたたられる!」
「俺は人面犬じゃねえ!しっかりしろ!」
頬を張り飛ばされて正気を取り戻した青年は、先ほどあったことを語りました。人面犬がいるかという青年の問いに、人面犬どころか犬もいないと太鼓判を押します。
寄ったせいだろうと青年の訴えをあっさり片付けました。青年が落ち着いたところで先輩が語り始めます。
「あの店は、前までは良かったんだけど。最近、良くない連中とつるみ始めたんだよ。他にも別の店に移るやつがいるよ」
本当は話したかったけれど、調子よく稼いで人気の出ている青年に話しても聞いてもらえないと思ったと寂しそうに笑いました。
「近い内に、俺はあの店を辞める。それで……」
「先輩、俺、俺、ホスト辞めます。資格取るか、ちゃんとした仕事探します」
「俺もそうする。まだ、若いんだ。お互い何とかなるさ」
お店の内情よりも、今日あった出来事があまりにもショックだったため、軌道修正する道を選びました。親には散々、怒られたものの、就職して真面目に働いています。
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