休息①

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休息①

「人面犬ってそれほど出番なくない?」 話し終えた裕也がぱちりと懐中電灯の明かりを消すと、真理が素直な感想を呟いた。百物語ではろうそくを使うが、火の扱いは危ないということと、雰囲気が出過ぎると怖いということで、明かりと点いた部屋の中、懐中電灯を代わりに使っている。一人ひとりが手に持つ懐中電灯は、いわば誰が話をするかの目印である。手元のライトが点いている間は誰も話してはいけないという約束だ。ただし、あまりに怖い場合は挙手をすることになっている。 怖がりだらけが開催する百物語では、通常の百物語の常識は通用しなかった。怖がりの面々が、それほど怖がらなかったことにほっとした裕也はそっと懐中電灯を自分の体の左わきに置いた。 「そうだよね。ホストの仕事を辞めてからはさ、真面目に働くようになったんだけど、それ以来、一度も人面犬を見ていないから夢だったんじゃないかって思ったらしいよ」 「人面犬より、俺はホストのお店が怖いな。なんか悪いことに使われそうだったじゃん。その先輩と高卒の男」 良平がため息をつくと、横で修子がうなづいた。 「人間が一番怖いってことかしらね」 「でも、実際に、人面犬に会ったら、どうしたら良いか分からないよね。パニックになりそう」 真理が笑って懐中電灯を手に取った。 みんな無言で真理の方へ視線を向ける。順番を決めているわけではないが、次は真理が話すのだと自然に譲った。 かちりとライトを点けると真理の顔に陰影が出た。部屋が暗ければ他の三人も怖いと思ったかもしれないが、明るい部屋ではそれほど恐怖は掻き立てられない。まだまだ夜も更け始めたばかりということもあり、三人は昼間の明かるい気分を引きづっていた。 「私が聞いたのはさ、人面魚の話なんだよね」 「出たっ!人面魚ってことはさ、海とか川とか水辺の話だね」 裕也の声に真理はこくりとうなづいた。三人は緊張しながら真理が口を開くのを待つ。部屋が静かになるのを待ってから、真理は小さく口を開いた。
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