口裂け女と強盗

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口裂け女と強盗

深夜のコンビニバイトはキツイ。話には聞いていましたが、体力にそこそこ自信のあった青年は早くもめげそうでした。私立の高校で頑張って成績を上げたため、某有名私大の推薦を取れたため空いた時間をバイトをして過ごすことにしました。成績を落とさなければバイトはできるので深夜ではあっても、家から近いコンビニでのバイトを許してもらえました。 「お金貯めてどうするんだ?旅行でもするのか?」 心配そうな父親の声に免許を取りたいんだと笑いました。一ヵ月から二か月で取れる合宿免許を利用すれば、大学入学に間に合うからと説明すると納得してくれます。 「免許の費用まで出せなくてごめんね」 「いいよ。私大通うんだし、できればバイトして助けるからさ」 裕福とはいえませんが、私立の高校、大学へ通えるほどの資産をもつ両親です。これ以上、贅沢は言えません。 時給が高いことから選んだ深夜のバイトですが、仕事を覚えるのも大変で慣れない深夜のバイトに疲れがたまっていました。 「大変だけど、もう少しでお金貯まるからがんばろう」 人の少ない深夜にひとり呟きます。友達に遊びや旅行に誘われていましたが、すべてを断った自分を付き合いの悪い根暗な人間だなと自嘲しました。 コンビニは自動ドアですが、開くときに音が鳴ります。レジでおでんやとんかつ、焼き鳥の準備をしていた青年はいらっしゃいませとできるだけ疲れた顔を見せないように笑いました。 店内に入ってきたのは髪の長い女性でした。白に近い灰色のコートを着ているので、真っすぐな髪がさらりとたれているのが印象に残りました。前髪はなくおでこをだしたスタイルで、顔の半分は大きな白いマスクにおおわれています。黒めに長い黒まつ毛は、冬だったこともあり雪女のような印象を青年に与えました。 雪女だなんて山奥じゃあるまいし、疲れてるのかなと思っていると、買い物をすませた女性がレジにやってきます。かごの中にはパンや牛乳、ストッキングにティッシュなどが入っています。家に帰る前に買っておこうと思ったんだなと考えながら、バーコードの読み取りを行いました。金額を告げると茶色の鞄から金色の財布を取り出し、お札を数枚手渡してきます。そのお札を手にして、お釣りの用意をしようとしたところで来客を告げる音が鳴りました。顔をあげていらっしゃいませと言いかけたところで、青年は凍りつききます。二人組の男が銃をこちらに向けてきたからです。 「お客さま、あの、」 「お客さまじゃねえ。とっとと金をよこせ」 ドラマや映画で聞いたようなセリフをまさか自分が聞くとは思いませんでした。それも地元のコンビニです。今まで事件があったなど聞いたこともありませんでした。震えあがる青年の前で女性は冷静に強盗の方を振り向きます。強盗二人組に向かって、女性はマスクをゆっくりとずらしました。女性の顔は青年からは見えません。ですが、強盗の表情が見る見るうちに変わっていくのはよくわかりました。 「く、口裂け女!」 「私、お買い物してるの。邪魔しないでくれない?」 口裂け女と叫ぶ強盗に、さらに驚いた青年は動くことも声を出すこともできません。混乱している強盗に向かって女性がどすのきいた声で叫びました。 「それに、このかわいいお兄さんを困らせたら、だめだろうがっ!とっと出てけっ!」 強盗二人はその場で銃を落とし、そのまま声にならない悲鳴を上げてコンビニを出ていきました。来客を告げると同時にお客が帰る音が店内に響き渡ります。コンビニ強盗が去った後、金縛りがとけたように青年は動き始めロボットのようなしぐさでお釣りを手にします。女性は口元にしっかりマスクをして、申し訳なさそうに頭を下げました。 「はしたないところをお見せして申し訳ございません」 「あ、いえ。その、ありがとうございました。お釣りです」 「銃が転がったままですし、すぐに警察に電話した方がいいですよ。私はその、証言はできませんが……」 「あ、はい。監視カメラに映っていると思います。説明できるので大丈夫です」 ビニール袋を手にした女性は、もう一度頭を下げてコンビニを出ていきました。呆然としていた青年は慌てて警察に電話を入れます。青年はありのままを警察に話しましたが、一部は信じてもらえませんでした。そして、監視カメラには女性の姿はなかったそうです。
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