春(チェン)

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春(チェン)

春はいつ起きてもいいように作ってあったスープをよそうと急いで王蘭様の元に運んだ。 「失礼致します」 声をかけて顔を下げると中から待ってましたと声がかかる。 思わぬ返事に驚きを顔に出さずに部屋に入ると寝具に食板を用意してその上にスープを乗せた。 「え!スープだけ?」 王蘭様は残念そうな顔でこちらを伺うよに見つめてくる。 「王蘭様はずっと気を失っておいででした…最初は優しいスープなどから慣らした方が良いかと…」 「それもそうね」 王蘭様は私の助言に納得すると… 「いただきます」 手を合わせてスープを飲みだした。 私はその光景に唖然としていたが私の様子など気が付かない王蘭様はスープをゆっくりと味わうように食している。 私、春はこの後宮に仕えて十年程だ…今まで数人の後宮の后妃候補に仕えてきたがいただきますと手を合わせた方もこんなにも美味しそうに召し上がる方も見た事がなかった… そう、数日前までの王蘭様も同様だ… この方は一体誰? 私は見た目は王蘭様なのに中身がまるで違うこの方を恐ろしさと恐怖で見つめた。 ◆ んー!このスープ美味しい! 今まで食事を味わって食べるなんて考えた事もなかったがこうして前世の記憶を持って食べてみると全然違う! 具のないただのスープだが色んな旨みと出汁が出ているのにその色は澄んだ琥珀色だった。 きっとたくさんの食材を煮込んで丁寧にアク抜きや処理をしてくれたのだろう。 スープの優しさが体に染みる。 気がつけばあっという間にスープが空になっていた。 どうしよう…このスープ美味しすぎる、もう少し飲みたい。 チラッと伺うように春さんを見るとビクッと肩を揺らした。 なんか怯えてる? 私、春さんに酷いことしたっけ? 思い出そうとするが王蘭の記憶の中に凛々と春さんの情報が何も無い… 前の私は周りを見ることなく全ての事に嘆き悲しみ過ごして居たのだと思い出した。 「もったいない…」 思わず本音が漏れる。 こんなにも綺麗で美しく、しかも世話は女官の人達がしてくれる。 こんなにも素晴らしい環境をなぜ嘆いていたのだろう。 今の私からは前の王蘭の気持ちが理解出来なかった。 「王蘭様?」 空のスープの器を持ったまま考え事をしていると春さんから声がかかる。 「ああ、ごめんなさい。つい考え事を…ねぇ春さん、このスープすごく美味しかったの…だからあと少し飲みたいんだけど駄目かしら?」 「…王蘭様、先程から思っておりましたが私はただの女官です。さんなどつける必要はございません。春とお呼び下さい」 「春…」 春さんを見るとじっと伺うようにこちらを見ている。 確かに女官にさん付けなど聞かないが…どう見ても私より年上の春さんを呼び捨てにするのに抵抗があった。 「私は…春さんと呼びたいのだけれど、駄目かしら?」 「そうですね、宜しくないと思います」 「わかったわ、なるべく呼ばないようにします…で!スープは?」 器を春に差し出すと 「お持ちします」 春は器を受け取り部屋を出ていった。 うーん、なんかぎこちないのよね。 でもここで生きていくなら常にそばに仕えてくれる凛々と春とは信頼できる仲になりたいな… 「どうしたもんかな…」 私ははぁ…とため息をついた。
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