逢魔時

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逢魔時

 夕暮れの時間帯を示す言葉は幾つもある。例えば黄昏時。これは「誰そ、彼は」という誰何からきていると言われている。夕暮れの道で知り合いに会っても、暗くて顔が良く見えないという事らしい。  他には、そう。今の私達の状況にピッタリな言葉もある。『逢魔時』だ。同音で異字である大禍時と書いても構わない。何せ、人ならざる者からの厄災なのだから。何方を書いても正解だ。 「因果応報ー自らが蒔いた種だ。反省することだね」  私は自分の後ろに隠れるように蹲っているクラスメイトの男子に声をかける。少々嫌味っぽいが、彼の行いの結果としてこの状況が生じたという事実があるのだから仕方がない。甘受すべきだ。 「いや、だって、こんなことに、なるなんて…」  美少女ならいざ知らず、涙目で上目遣いで弁明されても心は動かない。美少女だったらドキドキするが。後、小さな子供だったら庇護欲が掻き立てられたかもしれない。  彼は同学年の自分よりも図体のでかい男子であるので、全く守ってやるという感情的な理由は無い。だが、困っている人を助けるのは人の道である。また、それは自分の役目でもある。本当に、全くもって腹立たしい事この上ないが。  それに、これは些かやり過ぎである。元々、彼の不敬が神の不興を買った。それは彼の落ち度だ。道理が通っている。  しかし如何に神とは言え、普通の人々に干渉しすぎるのはよろしくない。彼らは神を祀る地域の住民だ。畏怖だけならまだしも、嫌悪感を抱かれれば信仰が弱まってしまう。人が夜の闇を畏れなくなってからこっち、彼の信仰は弱まる一方であるというのに。  こんな風に考える私は、嫌いだ。随分と神の近くに来てしまった気がして。自分がどんどん人間ではなくなっているような気がしてー。  不安と焦燥が全身を駆け巡る。取り返しがつかなくなる前に、全てを終わらせてしまいたい。そう考えて、目の前の事態に目を向ける。  私を挟んで、同級生とは逆の方。そこに彼の神の使いの獣がいた。大きな動きは見て取れないが、力を練っている状態なのだろう。  既に幾らか声をかけてみたが、応答は無かった。大抵の神使というのは知能が高く意思疎通可能なのだが、例外もいる。恐らく、これはその例外に属するものだ。 「…面倒だな」  何故こんな事になってしまったのか。その発端は、一時ほど前に遡る。
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