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「俺の自業自得なんだろう?帰れよ」
クラスメイトーしかも女子に庇われるなんて格好が悪い。自分の始末は自分でつけなければならない。彼女を巻き込む道理は無い。打開策なんて無いけれど、無関係の人を巻き込むよりは遥かにマシな選択だと感じられる。
「気にしなくていい。それに、巻き込んだのはどちらかと言えばこっちのほうかもしれない」
どういう意味なのか、問い質す事はできなかった。獣が巻き起こす風の威力が急に上がったのだ。目を開けるのも辛い風速だ。
なんとか薄目を開けて、獣の様子を確認する。まだ動いていない、と安堵した瞬間に視界から消えた。その体躯に反して素早い。神の使いだというのならば、この世のものならざる獣なのだから不思議は無いのだろうが。現実世界の物理法則を無視できる存在なのか。
対して、クラスメイトの少女は生身…だと思う。触れられるかどうかすら俺には分からない。だが鋭い獣の爪に引き裂かれる姿が容易に想像できた。想像した所で、何もできる事は無いというのに。
獣の爪が少女の服に触れる寸前、その動きが止まった。同時に吹き荒れていた風も止む。
「狂ってしまっていても、わかるものだね」
その言葉と共に、少女の全身から闇が放出された。彼女が操っているのか、それともそれ自体に意思があるのかは判断がつかない。しかしながら明らかに何らかの意図を持った動きをしている。まるで幾本もの腕であるかのように獣に纏わりついて、その闇の中に引き摺り込んだ。呑み込んだ、と本能的に思った。
闇は役目を終えたとばかりに、少女の体へ戻って行く。獣は何処へ行ったのか、さっぱり分からない。いや、少女の体から出ていたあの闇もどうなっているのか。何も分からない。もしかしたら全て幻だったのでは。そう思うほど何の痕跡も残っていなかった。
「これに懲りたら神への不敬は控える事だ。さもなくばー」
私のようになるぞ。
ゾッと悪寒が全身を駆け巡った。神の使いである獣を呑み込んだ力は恐らく、人間の領域を超えたものだ。彼女が人間であると仮定するのならば、それは神から与えられたものなのではないだろうか。
「何をしたんだ?」
「大した事ではないよ」
果たしてそれは『何』に対しての返答だったのか。
夕暮れ、黄昏時。暗い視界の中では見知った顔すら分からなくなる。誰が誰か分からない。未知と既知が交差する時間。人と人ならざる者達の世界が入り混じる逢魔時。ーこのクラスメイトとの一幕もそんなものだったのかもしれない。
少女は俺から視線を外し、東の方へ歩いて行く。その時漸く、元の世界に戻っていると気がついた。強ばった体を鼓舞して、ゆっくりと立ち上がる。そうして踵を返し、少女真逆の方へー家の方角へ歩き出した。
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