或る浜辺の風景

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いつしかどこからかついて来た犬と浜辺に居る。 結局のところ、気が付くと己は尚も此処へと来ているのだ。 ざざん、ざあ、ざざん、ざあ。 薄青く平面的な空。無表情に波を打ち寄せる海。だらけた風と、時折の海鳥の鳴き声。呆けた時間の流れるこの浜辺に。引いて見れば有り余る砂粒と同じ、黒い一点の様な、ちっぽけな存在として。 そもゝゝ、何故に己は、こんな辺鄙な漁村の端くれに居るのであろうか。 幾度かそうした思考に至るのだが、至っている様な気がするのだが、思考を纏めようとすれども、頭に靄が掛かった様に何も思い出せぬのである。 然し、思い出せぬで済ませて良い筈が無い。 無いのだが、一向に思い出せぬのだ。 思う様に記憶が辿れぬ。 そも、今であれ、状況が何一つ飲み込めておらぬ。 此処が何と云う土地であったかも、定かには答えられぬ。 己は何故、見知らぬ此の地に居るのか。 何もせずぶらゝゝと歩き呆けて暮らしているのか。 否、暮らしているのか? 己は今、如何にして生を繋いでいるのだ? 何も判らぬ。一切が判然とせぬ。 明らかに、異常である。 薄々とは感じていた。勘付いていた。 墨で塗り潰されたように黒く染まった胸の、其の内側が、疼く。 一体全体、己は、何処に居ると云うのだろうか? ざざん、ざあ、ざざん、ざあ。 問うてみても、元より寂莫としたこの空と海に、大した意味も無く打ち寄せる波に、答えなど在る筈も無い。 より一層、己がたゞの黒い砂粒であることを、思い知らされるだけだ。
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