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いつしかどこからかついて来た犬らしき生物と良く判らぬ浜辺の様な場所に居る。
気が付けば又しても同じ状況の中に居る。
幾度同じ事を繰り返しているのだろうか。
生ける亡者に成ったかの様に、無様な時を重ねているのだろうか。
少しも変わらぬ、同じ景色。そして、少しも変わらぬ、同じ追跡者。
如何にもできぬ状況に居ると、この柴犬ですら、何やら不気味な存在に感じられて来る。
何処を見ているのか判然とせぬ、空虚な瞳。
愛嬌のある顔立ちだと考えていたが、こう何度も欠かさず背後から見られて居ると、それすらも又得体の知れぬ不穏な行為にも思われて来るのだ。
あれは、もしや、己を監視しているのではあるまいか。
日毎ふらゝゝと彷徨い歩く狂人である己を、此奴は後に付いて、じっと見張っているのではないのか。
そう、例えば、己が何を考えたかざばゝゝと海に潜り込んでみたりしたらば、吠えて何処かへ報告するか、或いは救けようと腕を引くか。そう躾けられ、訓練されているのではあるまいか。
何処へ?
何の為に?
判らぬ、判らぬが、そうでない保証も無い。
何一つ思い出せぬ空間の中に在っては、どんな突飛で在り得ぬ妄想でさえ、否定しきれぬ。
否、あれは、果たして本当に犬であろうか?
見た目は犬の姿形をしているが、あれが真実に犬であるという保証すら、何処にも在りはしない。
飼い慣らされた犬のように見せて、その実、獰猛な狼なのでは無いか?
すっかり弱るのを待って、何れ頃合いを見て己の喉笛を食い千切り、餌にする機会を伺っているのでは無かろうか?
例えば、あれの監視から外れようと逃げ出したら、その本性を現すのでは無いだろうか。
狼どころか、もっと恐ろしくおどろおどろしい化物が、柴犬の姿に擬態して居るだけでは無かろうか。
見る間に荒々しい牙を生やし、鋭い爪を剥き出しにして、己の身体を臓物まで引き裂こうと、獣の本能の儘に飛び掛かって来る積りでは無いのか。
あゝ、妄想にも程があるぞ。
辞めだ、辞めだ。
此れではまるきり、精神を病んだ人間みたいでは無いか。
……否、疾うに病んでいるのであろう。
確実に、己という人格は、異常を来している。
或いは、既に、破綻しているのかも知れぬ。
己の内心など頓着せず、たゞ不気味な程静かに己を見詰める、柴犬の姿をした其れに向かう。
嘲笑いたくば、嘲笑え。
襲い掛かりたくば、襲え。
喰らいたくば、喰らってくれ。
己は、一向に構わんぞ。
何しろ、如何やらすっかり、壊れちまっているんだからな。
くくっと、自嘲的な笑みを零す。
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