或る浜辺の風景

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いつしかついて来た。犬と浜辺に居る。 この頃、見知らぬ者が、わたしの縄張りにふらふらと踏み込んできている。 どうやら悪意はないようなのだが、そもそも気力そのものが感じられない、と言ったらいいものだろうか。いつも生気のない眼で、とぼとぼと港から人気のない浜辺の方へと歩き去っていくのだ。 その姿があんまりにも頼りないので、何度か見かけるうちに、興味半分、心配半分で、いつの頃からか後を付いていくことにしたのだった。 奴はゆらりゆらりと覚束ない足取りで砂浜まで来ると、そのままじっと打ち寄せる波を見て、その日を過ごすだけだ。ぶつぶつと何かを呟いているようでもあり、頭をかきむしるような動作をすることもあり、遠巻きに見守るこちらの存在を気にするようでもあり。 どうにも、心を病んででもいるかのようである。 やたらと小難しげな顔をしている。ああなると、厄介だ。 おそらく、考えるに、元々は幸せな出自だったのだろう。 幸せとは、喪われると、取り戻せないと、簡単に壊れてしまうのだ。 なまじ、頭が良い奴ほど、深みに嵌ってしまうこともある。 ただ、この地は、ゆっくり傷を癒し、復活するには、ちょうどいい環境だ。 何もないが、何もないからこそ、優しい景色と穏やかな時間の流れが、ボロボロになった精神をゆっくりと解きほぐすことだろう。 ざざん、ざあ、ざざん、ざあ。 波が寄せては返す、泰然とした繰り返しの中で、かつての自分を思い起こす。この人のためならと仕えていた、優しい主人を喪い、生きる気力も無くなったものだ。 だが、流れ流れてこの地へたどり着き、気が付けば、何とか心の平穏も取り戻した。こうして他の誰かの心配ができる程度には、ちゃんと生きていけるようになった。 ……ウウゥオオオオオオオオン。 と、空気をぴりぴりと切り裂く、哀しげないななきが響いた。 ああ、やはりお前も、何か抱え込んだものを持っていたんだな。 道のりは長いかもしれないが、お前も、少しずつ自分を取り戻すがいい。 浜辺でひとしきり咽び吠える、黒々とした毛並の大きな犬に向かい、心の中で呼び掛けた。
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