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01 普通でいたい
『あっ! いいっ凄く気持ちいい。イッちゃうイッちゃう』
パソコンに繋いだヘッドホンからはセクシー女優の悩ましい喘ぎ声が聞こえる。
『あっあああ!』
大きな胸を揺らし体を硬直させて女性は達してしまった。
◇◆◇
このアダルト動画を見ているのは、私。直原 那波。
大手IT企業に就職し内勤営業、三年目の二十五歳。肩下で切りそろえた髪。外見は身長百六十センチあるかないか。体重は普通。顔の作りも普通。バスト、ウエスト、ヒップ平均的。特にひどい人見知りもないし、友達も普通にいると思う。
つまり特に突出した個性もなく、その他多くに埋もれて生きている。
あまりにも普通、地味過ぎて華やかな営業部門にいるくせにと言われる。
おかげで(?)入社早々同期の間でついたあだ名が地味原。同期で大学時代からの友達、吉村 舞子は「そんなあだ名失礼よ」と怒っていた。
でも、私は気にしていない。だって地味なのは本当の事だ。自分でも分かっている。華やかな人に憧れる事はあるけどきっと自分向きではない。だからそれはそれでいいと思う。
私が目指すのは「普通」である事だ。地味で上等! そう思っていた。
「地味でも普通って難しいと思うんだよね。だから普通でいいよ私は。うん。地味原で結構です」
あだ名をつけられた私が呟いた言葉だが、舞子は「それは駄目よ夢がない」と言った。
「何言ってるのよ。つまんない事言わないで。普通とは言わずに。夢のある事を目指さなきゃ。例えばお金持ちの彼に出会うとか。びっくりするぐらい溺愛されるとか。後はそうね、宝くじに当たるとか?」
「極端な愛か金かって感じだね」
「え~いいじゃないの。どっちも欲しいでしょ?」
舞子はカラカラと笑っていた。だから私はそんな舞子にこう告げようと口を開いた。
「私はさ、近々結婚して子供を産んでそして生涯を終える──ほら普通でしょ?」
だけど言葉に出来なかった。
それが普通なら今の私は何だろう。
結婚と言っても相手がいないのに出来やしない。彼氏がいたのは高校の一瞬だけで何も発展せず終わったし。まずはそこからで、子供を産むなんて事すらたどり着けない。
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