54 好きな人

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54 好きな人

「直原さんいらっしゃい。来てくれて嬉しいよ。今日は社員だとか関係なく楽しんでいってね。そんな肉を焼くのは和馬に任せて。どんどん食べなさい」  いつも遠目で見ているだけの社長──つまり和馬のお父さんだが、今日はビール片手に長い足を組んで、アルミ製のアウトドアチェアに座っていた。 「はい。もちろん頂いてます。今、和馬──さんと交代したところなんです。凄く美味しいお肉ですね」  私は軍手をしトングでお肉を焼きながら、煙越しに社長に笑いかける。いつも遠目で見ているだけの社長が今はこんなに近くでお肉を頬張っている。 「和馬さんなんて。いつもの呼び名があるなら呼んでくれてかまわないのよ?」 「は、はい」  社長の隣で副社長──つまり和馬のお母さんが微笑みかける。 「和馬の事だから、直原さんに色々要求ばかりして、甘えているんじゃないかしら? それに、タエさんに聞いたのだけど、食事の準備だけじゃなくてお婆さんの世話を手伝ってくれたんですってね。お婆さんも喜んでいたわ。本当にありがとう」 「いいえ。たいした事ではないですよ」 (変な感じ。バーベキューもおかしいけど、お肉が高級すぎて手が震える。これ直ぐに上げないと溶けるよね?)  社長宅でバーベキュー風の焼き肉で、まさか上等な肉を焼く日が来るとは。社長の周りには常に人が集まり、皆楽しそうに談笑している。  社長の友達は皆、多方面で活躍している、成功をした人達ばかりだ。皆の身なりはバーベキューとはいえ綺麗にまとまったものだった。  そんな中でも社長と副社長は、格好良さや美しさという点では異彩を放っていた。とても、三十代、二十代の息子三人がいるとは思えない。 (そりゃ美男三兄弟が生まれるわよね。美男美女が両親なんだから)  私はもうもうと立ち上る煙を纏いながら、黙々と焼き続けた。  ◇◆◇  会社の給湯室で私に『どうしてこんなに地味な女性が早坂さんはいいのでしょう』と、言い放った田中梨音さん。その梨音さんのお父様とお母様がいらしていると知ったのは、タエさんのお手伝いをしている時だった。 (ピーマンはこんなものかな。次はタマネギっと)  テンポよく包丁を動かしていた時だった。 「もしかすると和馬坊ちゃんは田中様に那波さんの事を紹介したいのかもしれませんね」 「田中様?」
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