5.変異株の脅威

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5.変異株の脅威

 最近、変異株のニュースが相次いでいる気がします。ベータ、ガンマくらいならまだ把握しきれましたが、デルタだミューだと言われるともうお手上げです。何ですか、ミュウ株の次はミュウツー株ですか。  変異株とは何なのかというと、RNAに刻まれたコードが少し変わった奴ってことです。いわゆる突然変異、進化と言ってもいいかもしれません。進化とは「ポケモン」のそれのように、より強くなるというものではなく、正確には環境へより適合したかそうでないかということです。  新型コロナウイルスの変異株も得てして環境への更なる適応を果たしているというわけです。変異自体はとても頻繁に発生します。その中で環境に適したものだけが生き残る、自然淘汰が生じて偶然適合性が高かった変異株が、今増えてきているというわけです。  そんな変異株ですが、ワクチンの効果は多少落ちるものの未だに効果的であることに変わりはない、という見解でした。先日までは。  上に書いたミュウツー株…失礼しました、ミュー株について興味深い、と言うと誤解が生じるか…恐ろしい記事を見つけました。「ミュー株には中和抗体がほぼ効果ない」という東京大学医科学研究所の研究成果を記したものです。  中和抗体がほぼ効果ないだなんて……っ!! 何て事なんだ!絶望的じゃないか!ところで中和抗体って何だ!一体何が効かないっていうんだっ!!  という疑問を抱きましたので調べました。その結果、中和抗体というのは病原体を中和してくれる抗体であることが分かりました。  いや、それくらい想像つくし、という方のために、いや私のために中和抗体の具体的な正体を書き留めておこうと思います。  ヒトには獲得免疫がある、というのは最早言わずもがなかと思いますが、ではその免疫はいかに獲得されるのか、についてはあまり知られていないかと思います。私も知りませんでした。というわけで調べてみたらちょっとややこしかったです。  まず、獲得免疫の前提条件は感染することです。病原体が体内に入ってくれないと獲得できません。病原体が体内に入るとまず警報が発せられます。それが炎症。この炎症により伝達物質が出て、警備員がやってきます。ここでやってくるのが警備システムを担っている白血球です。  白血球は更に好中球やマクロファージ、リンパ球などに分けられますが、この中でまず初めに駆けつけてくれる警備員は好中球とマクロファージです。この辺りの話は「はたらく細胞」という作品を参照いただいていると想像しやすいかと思います。  駆けつけてくれた警備員のうち、マクロファージは貪食細胞と呼ばれていて、病原体を丸呑みにします。そして食べ終わると、魚の骨でも出すように病原体の一部を吐き出します。この骨が免疫獲得には必要なのです。  ちょっと触るのは嫌ですが、この吐き出された骨を拾う警備員がいます。これがリンパ球に属するT細胞です。骨を拾ったT細胞は敵の侵入を知り、B細胞というまた別のリンパ球にお願いします。お願いされたB細胞という奴は少し変わっていて、一人一人違う顔のデスマスクを一つずつ持っています。このデスマスク、一体誰のものかというと、これまでに侵入してきた命知らずな病原体たちのものなのです。  B細胞は奮戦しているマクロファージらに混じって病原体に近付くと、手に持っているデスマスクを病原体の顔に押し付けていきます。そしてぴったり合うデスマスクを持ったB細胞が見つかると、そのマスクを持ったB細胞は増殖を開始します。増えたB細胞はデスマスクを量産し、病原体に向けて投げ付けます。すると、デスマスクがぴったりくっついた病原体は感染能力を失うのです。  この投げ付けられたデスマスクが「抗体」で、感染能力を失わせる力を持つものが「中和抗体」なのです。  ここで、新型コロナウイルスのデスマスクを持っているB細胞は、感染したことがなければ存在しないことになります。じゃあこのデスマスク投げ付け作戦、どうやったら始まるのという疑問が生じますね。この疑問の解消に、上で書いた進化論が役に立ちます。  B細胞は骨髄から生まれてきますが、その際にランダムに作られたデスマスクを持って産み落とされます。そのデスマスクは今のところ誰のものでもない、こんな顔のやついるんじゃね?って感じで作られたものです。つまり、正確にはデスマスクとは言えないのですが、兎に角架空の誰かのマスクを手に生まれてきたB細胞は、警備員の諸先輩方に混じって初陣を果たします。その時、まだ体内においては未知の敵に対して、偶然にもこの誰のものでもないマスクがぴったり符合することがあります。そうすると先程の要領でそのB細胞は増殖し、敵を撃滅します。これが獲得免疫を獲得した瞬間です。B細胞は戦いが無事終わった後分解されてしまうのですが、この適合したB細胞はメモリーB細胞に昇格し、正式な警備員として採用されるのです。  この反応を応用して獲得免疫を得ようというのがワクチンな訳ですが、変異株のミュー株はせっかく手に入れたB細胞の中和抗体を防ぐ手段を持っているというのです。それが襟を立てて顔を防御する作戦です。
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