6.殺し屋警備員

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6.殺し屋警備員

 スーツなんかを着ると襟が立つようになっていることが分かります。けれどこれ、いつか立てる日が来るのだろうか、とふと思ったりします。きっと冬の寒い日とか、雪山で遭難した時とか、どうしても首回りを暖めるものが他にないって時に使うんだろうなぁ。雪山にスーツで行く人なんていないでしょうけど。…え、デザイン?それを言ったらおしめぇよ。  そんな、誰も使わなさそうな襟を立て、変異株は自身の顔をガードします。実際には抗体が結合するタンパク質の突起箇所の周りに変異を起こし、その突起に抗体がくっつき辛くするってことみたいです。  え、てことは中和抗体が効かないってこと?ワクチン意味ないじゃん。んー…確かに主力である中和抗体が抑えられちゃうのは痛手ではありますが、我々にはまだアイツらがいます。そう、免疫界の殺し屋、キラーT細胞です。  前のページで骨を拾っていたT細胞は、正確にはいくつかの種類があります。それがヘルパーT細胞とキラーT細胞、制御性T細胞です。この内、骨を拾っていたのはヘルパーT細胞です。他の二つは何かというと、簡単に言うとアクセルとブレーキです。  さっきまで主役だったB細胞は、主に血管内などを浮遊している、細胞に感染する前の病原体に対処する部隊でした。しかし体内では既に病原体に侵入された、前の例え話を使うなら「犬小屋」に侵入された「家」も既に何件か存在しています。その家の中では犬小屋が絶賛大量生産中です。仮にB細胞が血管内の病原体を全滅させたとしても、近くの家々からは次々と病原体が飛び出してくるという、絶望的な状況に陥ります。これを解決するのが殺し屋、キラーT細胞の役割です。  感染を許した「家」は「犬小屋」に侵入されたことを周りに伝えます。ベランダに出て窓のところに黄色いハンカチを吊るすのです。映画の「幸福の黄色いハンカチ」とは違って家の中は一人ではないですが、それは強引に押し入られたからに過ぎません。健さんもきっと許してくれるはず。そして、その黄色いハンカチを目にした健さんポジションのキラーT細胞は───  その家に火を放ちます。許してくれませんでしたね。  キラーT細胞の仕事は感染した細胞ごと、中の病原体を殺すこと。この容赦の無さが殺し屋たる所以です。更にこの殺し屋さんもまたB細胞と同じようにメモリーキラーT細胞に昇格できます。ベランダに吊るされる黄色いハンカチは感染された細胞と病原体のセットでその柄が全く違うのですが、キラーT細胞はこの柄を覚えるです。  キラーT細胞は抗体による攻撃ではないので、中和抗体が効き辛かろうが関係ありません。だから、この殺し屋さんを雇えるという点でもワクチンは無意味ではないと言えるわけです。  襟を立てたウイルスは残念ながらデスマスク作戦があまり有効ではないですが、引き続き好中球やマクロファージなどの一般警備員が感染前のウイルス駆除に尽力してくれますし、殺し屋さんもバンバン放火してくれます。ワクチンを接種することによって変異株にも対応できるというのは、こういう戦略があるからでしょうか。  ヒトの身体とはよく出来ていますね。  次はニュースにもよく取り上げられている、異物混入について書いていきます。
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