僕の好きな何か。

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僕の好きな何か。

【お題:僕の好きな何か 必須要素:ロシア語】  伝えたいことはたくさんあったのに、僕にはそれを伝える術がなかった。  搭乗口に向かう彼女のうしろ姿を、僕はずっと見ていた。綺麗な銀色の長い髪がさらさらと揺れていた。細い指と、キャリーケース。彼女は一度もこちらを振り返らなかった。未練がなかったからなのか、振り返ってしまったら決心が揺らぐからなのかは分からなかった。できれば後者であってほしいと願う自分がいた。  通訳の人が急用ができたとかで帰ってしまったから、僕は一番大事なことを伝えずに彼女と別れてしまったように思う。「さよなら」が何と言うのかだけは知っていたから、別れの挨拶はきちんと言えたと思う。でも、「ありがとう」や「お元気で」なんかを覚えておけばよかったなと、僕は激しく後悔した。  彼女と交した言葉、彼女の笑顔、彼女の作ってくれた料理、彼女の手の柔らかさ、彼女の体温。  好きなものはたくさんあった。だけど、それを好きだとはついぞ言えなかった。  僕の好きな何か。抽象的で、曖昧で、概念的なものさえも、何一つ言えなかった。
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