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内山美奈都の迷走
【お題:彼の世界 必須要素:寿司】
「寿司を食べます」
「えっ。はい」
彼は手のひらを合わせて、なぜか何度かスリスリとこすり合わせる。数秒そんな動作を続けて、ようやく納得したのか、「いただきます」と口にする。
「手のひらが一ミリすれただけでもいけないんです。これは犠牲になった生命と作ってくれた方に足して感謝を捧げるれっきとした儀式なのですから。正しい作法で行わないと、正しく感情は伝わりません」
「えっ。はい」
別に説明は求めていないのに、彼は何故か長々と説明をする。その後でじっとこちらを見てくる。これは、私もやれということ……?
手のひらを合わせる。一ミリもずれないように、と意識すると結構難しい。彼の表情をチラと伺い、納得したような表情を見せた瞬間に手の動きを止める。
「いただきます……」
彼は私の「儀式」を見届けると、特に何も言うことなく回転しているレーンから玉子寿司の皿を取り、何故か先に玉子だけを取って食べ、その後でシャリのみを食べる。
「えっと、なんで、別々に食べるの?」
「いや、別々に食べた方が食材も喜ぶでしょう?」
何を当たり前のことを、といった顔でこちらを見るが、そんな常識私は知らない。
彼はため息をつき、箸をそろえて醤油皿においてから、私を見る。
「あのね。美奈都さん」
「はい……」
「あなたが鬼に食べられるとき、僕とセットで一口で入れられ、ひとまとめにして噛み砕かれて、口の中で攪拌されながらよりも、ひとつずつ食べられた方が良いでしょう?」
「鬼に食べられることがないから分からない」
「想像して」
「…………そう、かも?」
「そういうことです」
「はぁ」
失敗したなぁ、と思う。
いろんな男と付き合ってきた。いろんな性格の男。いろんなジャンルの男。たくさんの人と付き合ってきたけど、その誰とも合わなかったから。変わってる男とならもしかしたらうまくいくかも、なんて。
失敗したなぁ。
彼のエキセントリックな世界にへきえきしながら、ためいき。
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